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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第28話 世界的に問い直される「学びの本質的な意義」(2017年10月29日)

  •  前回は「世界的潮流としての『教科を通したキャリア教育』の実践」をお題として、マレーシアの大学改革、デンマークの高校改革の一端をお伝えしました。

     マレーシアで現在進展中の大学改革が予定通り全面実施されれば、大学の授業はすべて、各科目の特質に即しつつ、当該科目が社会で広く求められる資質能力の向上にどのように寄与するかを明示しなくてはなりませんし、授業担当者には一人一人の学生が授業を通して獲得すべき資質能力をどの程度身につけたかを評価する義務が課されることとなります。

     一方デンマークでは、今年度から、すべての高等学校の授業は「生徒が自らの可能性を省察する能力を高め、かつ、その後の学習とキャリアの展望及びパーソナルな側面の展望に基づく諸選択をなし得る能力の成熟に寄与」しなくてはならないと定められました。

     翻って日本では、次期学習指導要領に基づく教育実践は「各教科等での学びが、一人一人のキャリア形成やよりよい社会づくりにどのようにつながっているのかを見据えながら、各教科等をなぜ学ぶのか、それを通じてどういった力が身に付くのかという、教科等を学ぶ本質的な意義を明確にする」ものでなくてはならないと明示されています。

     マレーシア、デンマーク、日本という地理的に離れた3つの国で、日々の授業と社会参画やキャリア形成とのつながりを強く意識した教育改革がほぼ同時に起きているのはなぜか。今回のよもやま話では、その理由について考えてみたいと思います。

     まずは「釈迦に説法」とのお叱りを覚悟で、基本事項のおさらいをしましょう。

     1998(平成10)年版の学習指導要領は、1996(平成8)年の中央教育審議会答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」が示した「生きる力」を理念としています。

     「いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性である」として示された「生きる力」は、もともと、変化の激しい社会を担う子どもたちに必要な力として構想されたことを確認しておくことは重要です。

     もちろん、子供たちは未来永劫「児童・生徒・学生」等として学校にとどまっているわけではなく、成長し、社会を支えていく存在ですから、変化の激しい社会の担い手として求められる力に関心が注がれることは当たり前な訳ですが、それでもなお、「生きる力」が「社会の担い手」として求められる力を前面に打ち出したことは特記すべき点です。

     なぜなら、この時期、人間が手にした知の急速な進展と並行して競争と技術革新が絶え間なく生まれる「知識基盤社会」の到来への関心が世界的に高まり、「社会の担い手」として求められる力に強い関心が示されたからです。例えば、経済協力開発機構(OECD)が、 1997年から研究プロジェクトを立ち上げ、「知識基盤社会」の時代を担う子どもたちに必要な能力を「主要能力(キーコンピテンシー)」として定義付け、それは、当該機構が2000年から開始したPISA調査の基盤とされています。(OECDが示した「キーコンピテンシー」とは、①社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する力、②多様な社会グループにおける人間関係形成能力、③自立的・自律的に行動する能力、という三つの区分によって示される資質能力であることは、多くの皆さんがご存じの通りです。)

     どんな時代になっても、基礎的・基本的な知識・技能が必要であることはいうまでもありません。けれども、未知の課題に直面することが不可避なだけでなく、その頻度が一層高まる「知識基盤社会」においては、知識・技能を活用して課題を解決するための思考力・判断力・表現力等が必要であり、同時に、知識・技能が陳腐化しないよう常に学び続け、更新する必要があります。また、国内外を問わず人や情報が行き交い、 相互に影響を与え合う社会ですから、独り殻の中に閉じこもったような生き方しかできなければ大きな不利益を被る可能性が高まります。

     つまり、ICTをはじめとする様々な手段を用いて情報を集め、真偽を判断し、取捨選択する力や、文化や社会的背景の異なる他者と協力しつつ課題に対応し、最終的には自らの責任の下で行動できる力が必要なわけですね。

     その後、2000年代に入ると、このような議論はますます世界的な関心を集めるようになります。2004年の国連総会において、2005年からの10年間を「持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development)の10年」とすることが決議されたことはその典型的な事例と言えるでしょう。世界が直面する環境問題や各種の紛争の解決、経済格差の改善、人口の急増への対応(日本や韓国など一部の国では少子化・高齢化が焦眉の課題ですが…)などを図りつつ持続可能な発展を遂げるため、教育が極めて重要であることが再認識されたのです。

     そして、2010年代において、人工知能(AI)の急速な開発や、IoT、ビッグデータなどの活用が現実のものとなり、第四次産業革命なども予測されるようになって、状況は新たな局面を迎えました。例えば、国際団体「ATC21s(The Assessment and Teaching of 21st-Century Skills)」が提示した「21世紀型スキル」などがその一例となります。
    ・考えるための方法(Ways of Thinking)
      創造力とイノベーション
      根拠に基づく多角的な思考(クリティカル・シンキング)、問題解決、意思決定
      学び方の学習、メタ認知(認知プロセスに関する知識)
    ・働く上で必要なツール(Tools for Working)
      情報リテラシー
      情報通信技術(ICT)に関するリテラシー
    ・働くための方法(Ways of Working)
      コミュニケーション
      コラボレーション(チームワーク)
    ・世界で生きていくための方法(Ways of Living in The World)
      地域社会及び国際社会における市民性
      人生とキャリア形成
      個人と社会における責任(文化に関する認識と対応)

     「ATC21s」はもともと、インテルやマイクロソフトなどのICT企業をスポンサーとして開始されたプロジェクトでしたが、2010年にはオーストラリア、フィンランド、シンガポール、アメリカ等の政府の支援を受けた団体として発足しています。そのため「デジタル時代のリテラシー」などとも言われますが、高度に発達した知識基盤社会に参画し、そこで生きていくために必要な資質能力に高い関心が向けられていることは明らかです。

     そして、このような動向を決定的な世界的潮流としたのは、CCR(Center for Curriculum Redesign)だと言えるでしょう。CCRの公式ウェブサイトをご覧いただくのが手っ取り早いのですが、CCRは、OECD・ユネスコ・世界銀行などの国際機関、ハーバード大学・スタンフォード大学などの研究機関、シンガポール・フィンランドなどの政府機関、IBM・インテル・マイクロソフトなどの企業など、多様な機関から協賛や推薦を得つつ世界的な影響力を発揮しています。

     このCCRが、2015年に発表したのがFour-Dimensional Education:The Competencies Learners Need to Succeedです。ここでは、これからの学校のカリキュラムを構想する上で、次の4つの資質能力が不可欠であるとしています。
    ・知識:何を知っているか
    ・スキル:知っていることをどう使うか
    ・人間性:社会にどのように参画し、行動するか
    ・メタ認知(メタ学習):どのように自分自身を省察し、学び続けるか

     この著作については、OECDのアンドレアス・シュライヒャー教育スキル局長も推薦文を寄せており、また、同氏による推薦メッセージがYouTubeでも公開されるなど、OECDとCCRとの緊密な関係性は明示的です。

     もう説明するまでもないことですが、次期学習指導要領に基づいて育成されるべき資質・能力の三つの柱
     ①「何を理解しているか、何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)」、
     ②「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成)」、
     ③「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養)」
    が、CCRが示した4つの資質能力から強い影響を受けていることがおわかりいただけると思います。

     当然ながら、日々の授業と社会参画やキャリア形成とのつながりを強く意識した教育改革は、日本のみにとどまる施策ではありませんし、前回のよもやま話でご紹介したマレーシアやデンマークにおいて偶発的に生起した動向でもありません。それは、明白な世界的潮流なのです。

     さらにCCRは、最近になって、公式ウェブサイト上で次の図を公開しました。


    ©Center for Curriculum Redesign http://curriculumredesign.org/

     この図は、まず、単なるデータや情報はインターネット検索でカバーでき、知識の集積やその理解はもちろん専門的な知識・技能の一部でさえも人工知能(AI)によって処理され、それらは手順を定式化したアルゴリズムの守備範囲となることを示しています。この前提にたって、左側のような従来型の教育ではなく、右側に示されたような教育へ転換すべきであると提言しているわけです。

     つまりこの図は、学習の転移(=身につけたものを未知の状況へ適用し、学びを人生や社会に生かすこと)こそが、今後さらに重要となることを示していると言えるでしょう。断片的な知を、自らとは無関係なものとして捉え、それを苦役のようにして記憶していく学びからの脱却を速やかに図る必要があるのではないでしょうか。 


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藤田晃之

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