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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第31話 年の瀬の大風呂敷(2017年12月28日)

  •  今回のお題は「年の瀬の大風呂敷」です。今年も残すところあと僅かですね。今回は、この1年を振り返りつつ、現在進展中の教育改革の諸側面におけるキャリア教育の役割についてお話をしたいと思います。(読み進めていただくにつれ、「そりゃいくらなんでも大風呂敷を広げすぎでしょ」というご批判が噴出してきそうな気もしますが、年の瀬のご愛嬌としてお許しください。)

     本年3月、小学校と中学校の次期学習指導要領が告示されました。今回の改訂でまず目を引くのは「前文」の存在です。戦後初の学習指導要領である1947(昭和22)年版及びその全面改訂となった1951(昭和26)年版には「序論」がありましたが、1958(昭和33)年版から現行版までの長い間、学習指導要領は「第1章 総則」から書き起こされるもの、というのが常識となっていました。けれども、今回は、ほぼ60年ぶりに「総則」の前に学習指導要領の趣旨などが記された「前文」が掲げられています。

     ここでは、当該「前文」のうち、次の部分に注目します。

     これからの学校には、こうした(=教育基本法が定める[引用者])教育の目的及び目標の達成を目指しつつ、一人一人の児童[小学校]/生徒[中学校]が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる。このために必要な教育の在り方を具体化するのが、各学校において教育の内容等を組織的かつ計画的に組み立てた教育課程である。

     上の引用においては「教育課程」とはそもそも何かについて記されており、「前文」の中でも重要な部分であると考えます。……で、これをキャリア教育にぐぐっと引きつけて読み解いてみると、こんな感じに整理できます。

    これからの学校には、一人一人の児童生徒が
    •自分のよさや可能性を認識する(=自己理解能力)とともに、
    •あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら(=人間関係形成能力)
    •様々な社会的変化を乗り越え(=課題対応能力)
    •豊かな人生を切り拓き(=キャリアプランニング能力)
    •持続可能な社会の創り手となる(=社会形成能力)
    ことができるようにすることが求められる。このために必要な教育の在り方を具体化するのが、各学校において教育の内容等を組織的かつ計画的に組み立てた教育課程である。

     各学校における教育課程の編成上、キャリア教育を通して育成する「基礎的・汎用的能力」は、中核的な基盤になると言えるのではないでしょうか。……いや、もちろん、ご異論はあるでしょう。でも、メチャクチャな牽強附会でもないと思います。例えば、次期学習指導要領に基づいて育成すべき3点の資質・能力(「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」)のうち、「学びに向かう力、人間性等」は、そもそも「『どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする『学びに向かう力・人間性等』の涵養)」として構想されたものです。この点だけを視野に収めても、次期学習指導要領がキャリア教育に大きな期待を寄せていることは疑いようのない事実であると考えますが、皆様はどのようにお感じですか。

     7月。 文部科学省は、高大接続改革の一環として「高校生のための学びの基礎診断」実施方針及び「大学入学共通テスト」実施方針を策定しました。大学入試センター試験が2019年度(2020年1月)の実施をもって廃止され、これに代わって2020年度から「大学入学共通テスト」が開始されることが正式に発表されたわけです。国語と数学で記述式問題が加えられ、英語では民間の資格・検定試験を活用して4技能(読む・聞く・話す・書く)を評価する方策が示されたことなどについて、マスコミでも大きく報じられました。

     では、そもそも、なぜこのような大改革に着手することになったのでしょうか。この点について、中央教育審議会「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について(答申)」(2014年12月22日・中教審第177号)が詳しく論じています。

     まず、当該答申の冒頭部「はじめに」が、次のように書き出されていることはとても重要だなぁと思います。

     本答申は、教育改革における最大の課題でありながら実現が困難であった「高大接続」改革を、初めて現実のものにするための方策として、高等学校教育、大学教育及びそれらを接続する大学入学者選抜の抜本的な改革を提言するものである。

     将来に向かって夢を描き、その実現に向けて努力している少年少女一人ひとりが、自信に溢れた、実り多い、幸福な人生を送れるようにすること。

     これからの時代に社会に出て、国の内外で仕事をし、人生を築いていく、今の子供たちやこれから生まれてくる子供たちが、十分な知識と技能を身に付け、十分な思考力・判断力・表現力を磨き、主体性を持って多様な人々と協働することを通して、喜びと糧を得ていくことができるようにすること。

      彼らが、国家と社会の形成者として十分な素養と行動規範を持てるようにすること。

     我が国は今後、未来を見据えたこうした目標が達成されるよう、教育改革に最大限の力を尽くさなければならない。

     詩的とも言える格調のある文ですね。……「キャリア教育大好きおじさん」としては、どう読んでも、教育改革においてはキャリア教育の充実こそが重要であると読めてしまうのですが、これは僕自身が「キャリア教育フリーク症候群」に冒されているからかもしれないので、これ以上の言及は控えておきます。

     けれども、本答申が「高大接続改革の意義」として記した次の部分は、個々のキャリア形成と高大接続との重要な関係を明示しており、特筆に値します。キャリア教育に傾斜した自らの贔屓目を可能な限り抑制したとしても、今後の大学入試の在り方とキャリア教育が目指すものとが軌を一にしていると判断するに十分な指摘であると思った次第です。

     特に、18歳頃における一度限りの一斉受験という特殊な行事が、長い人生航路における最大の分岐点であり目標であるとする、我が国の社会全体に深く根を張った従来型の「大学入試」や、その背景にある、画一的な一斉試験で正答に関する知識の再生を一点刻みに問い、その結果の点数のみに依拠した選抜を行うことが公平であるとする、「公平性」の観念という桎梏(しっこく)は断ち切らなければならない。大学入学者選抜は、一時点の学力検査によってその後の人生を決定させるためのものではない。先を見通すことの難しい時代において、生涯を通じて不断に学び、考え、予想外の事態を乗り越えながら、自らの人生を切り拓き、より良い社会づくりに貢献していくことのできる人間を育てることが高等学校教育及び大学教育の使命であり、これからの大学入学者選抜は、若者の学びを支援する観点に立って、それぞれが夢や目標を持ち、その実現に必要な能力を身に付けることができるよう、高等学校教育と大学教育とを円滑に結び付けていく観点から実施される必要がある。(pp.7-8)。

     「先を見通すことの難しい時代において、生涯を通じて不断に学び、考え、予想外の事態を乗り越えながら、自らの人生を切り拓き、より良い社会づくりに貢献していくことのできる人間を育てることが高等学校教育及び大学教育の使命」……まさにその通りであると強く思います。

     だからこそ、「大学入学共通テスト」においては、「各教科・科目の特質に応じ、知識・技能を十分有しているかの評価も行いつつ、思考力・判断力・表現力を中心に評価を行」い、その後の各大学における個別選抜試験において「主体性・多様性・協働性」を中核とした多様な能力を評価の対象とするという構造が考案されたのだと思います。当該答申が、各大学の個別選抜試験について「小論文、面接、集団討論、プレゼンテーション、調査書、活動報告書、大学入学希望理由書や学修計画書、資格・検定試験などの成績、各種大会等での活動や顕彰の記録、その他受検者のこれまでの努力を証明する資料などを活用することが考えられる」と示したことは(p.12)、高等学校でのキャリア教育の充実を要請するものに他ならないと考えます。今後の更なる議論の展開に注目する必要がありますね。

     そして11月。 PISA2015の結果に関する5冊目の報告書PISA 2015 Results (Volume V): Collaborative Problem Solving(協同問題解決能力調査結果)がOECDから世界一斉公開されました。…「なぜ、わざわざ協同問題解決能力に焦点を絞る調査をする必要があるのか?」と疑問に思われた方も少なくないかもしれません。この点について、当該報告書は次のように述べています。

     Today’s workplaces demand people who can solve problems in concert with others. The increase in jobs requiring a high level of social skills has been accompanied by an increase in the wages for such jobs... The importance of collaboration extends beyond the workplace. Many human activities involve groups of people, from a variety of physical and artistic endeavours to living in harmony with one’s neighbours. Almost everyone relies on interactions with other individuals to do what he or she cannot do alone. Collaboration skills are essential to facilitating such interactions. Collaborative problem solving has several advantages over individual problem solving: labour can be divided among team members; a variety of knowledge, perspectives and experiences can be applied to solve the problem; and team members can stimulate each other, leading to enhanced creativity and a higher quality of the solution....(p.32)

    【仮訳】
     今日、職場では、他者と協力して問題を解決できる人材が求められています。 高いレベルの社会的スキルを必要とする職業が増加し、それに並行して、それらの職業に就く人々が得る報酬も上昇してきています。[中略]コラボレーション(協同)の重要性は、職場にとどまるものではありません。人々の多くの活動において――身体的・芸術的活動から、隣人と平穏に暮らす日常生活に至るまで――他者との協同が求められています。ほとんどの人は、他者と何らかを共に行うことによって、一人ではなし得ないことを実現します。このような他者との作業を促進するためには、協同するためのスキルが不可欠です。 協同問題解決には、個々の問題解決に比べていくつもの利点があります。例えば、仕事は複数のチームに分かれて遂行されますし、ある特定の問題を解決するためには各メンバーの知識や考え方、経験が活かされます。また、メンバー相互が刺激し合うことによって、創造性を高め、より高次元での問題解決に至ることができるのです。[以下略]

     グローバル化の進展によって、地球上の多くの国において、多様な文化的背景をもつ他者と協力し、自らとは違った考えや価値観を尊重しつつ生きていくことが当然視されてきています。特に、少子高齢化が急速に進む日本ではとりわけ介護分野での人材不足が顕著ですし、震災復興に関わって多くの需要がある土木・建設業においても、従来から後継者不足に悩む農業においても、外国人あるいは外国にルーツを持つ労働者の助けを借りずにはやっていけません。また、国際紛争から環境問題に至る今日的な問題の多くは、国境を超えた協力を要請するものです。今日、職業的・社会的に自立し、生きていく上では、多様な他者と共に何かを成し遂げていく力、すなわち、Collaborative Problem Solving(協同問題解決)のための力が不可欠だと言えるでしょう。ここでもまた、「人間関係形成・社会形成能力」「課題対応能力」の育成に寄与するキャリア教育の実践が一層求められることは言うまでもありません。

     さて、今年最終の「よもやま話」もそろそろ終わりに近づいてきましたが、最後にうれしい話題提供をします。上に紹介した2015 Results (Volume V): Collaborative Problem Solving(協同問題解決能力調査結果)ですが、日本の高校生の当該能力はOECD加盟諸国中、見事第1位でした! PISA2015に参加した72の国・地域の全体の中でも、シンガポールに次いで第2位です。これは胸を張っていい結果ですね。

     無論、移民や難民が圧倒的に少なく、人種・民族の構成も他の多くの国々とは全く状況が違うので単純に喜んではいけないとは思いますが、これからの社会に参画し、新たな社会を形成していく上で不可欠な協同問題解決の力を、日本の高校生が高いレベルで獲得していることは率直にうれしい。

     特別活動、総合的な学習の時間、道徳、体育など、一部の先生方の間では「入試に関係ない」と軽視されがちであった教育活動、そしてもちろん、これらを含むすべての教育活動を通したキャリア教育実践が着実に実を結び、この結果を生んだのだと思います。

     私たちは、こういった力こそが、今後の大学入試(特に個別選抜試験)で評価の対象になると強く想定される段階を迎えていることを今一度想起すべきかもしれません。「入試で狙われるから大切」なのではなくて、「社会に出たときに本当に必要になる力だからこそ入試でも評価される」時代がもうすぐやってきそうですね。

     今年も大変お世話になりました。気づけば、私どもキャリア教育学研究室のウェブサイトへの訪問カウント数が11,500近くになっています。昨年末の「よもやま話」にはほぼ3,800カウントであったと書かれていますので、この1年で7,700回もアクセスしていただいたことになります。こんなニッチなサイトでの情報発信をお読みいただいていることに深く御礼申し上げます。

     皆様にとって、明年・2018年が素晴らしい年となりますようお祈りいたしますとともに、今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう伏してお願いいたします。


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藤田晃之

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