今回のお題は、「未来は『怖い』か『楽しみ』か」です。
僕のような「キャリア教育系」のおっさんがこんなお題を持ち出すと、「あぁ、どうせ、将来の夢が大切っていう話でしょ。はいはい、御説ごもっとも」と間髪を入れずに拒絶されそうですが、そこをどうか少しの間だけ辛抱してお付き合いください。(…ま、のっけから何ですが、結局そういったご批判はほとんど的を射ているわけで、今回も全くの例外ということにはならないと思いますが、これを読み始めてくださったのも何かのご縁ですので、お付き合いいただけましたら幸甚です。)
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人間に限らず、命あるものはすべて自己保存の法則の下で生きています。今の状態を悪化させることは何につけイヤ。少なくとも今の状態をキープできる方途を確保し、安心していたい。これが生命の本質でしょう。
人間の歴史、とりわけ紛争や戦争の歴史などはその典型ですね。異質なものが侵略を企てれば、全力を挙げて叩き潰し、自分たちに同化させようとする――これが戦争の基本形です。侵略が企てられなくても隙あらば周囲を自分たちと同じ色に塗りつぶしたいという欲求から始まった戦争も数限りありません。
生き物は、DNAレベルでそういった宿命を与えられているといってもいいかもしれませんね。自分にできるだけ近い特性をもった子孫を残そうとするDNAに突き動かされて、樹木や草は花粉や種子を昆虫や鳥に託し、風に乗せる。そして、動物もまた交接・交尾行動をするわけです。
こういった自己保存の欲求が何かに脅かされるとき、人間は不安になり、恐怖を覚えます。これは、至極当然の感情の動きです。その究極は、いうまでもなく自己保存の終焉、つまり死ぬことです。
だからこそ、未来は怖い。だって、未来を経験したことのある人はいませんから、そこで自己保存欲求が満たされるとは限りません。未来は、時として、死に匹敵するほど怖い存在です。
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もちろん、社会的な変容が安定した法則性の下で生起している特殊な状況において、私たちはとりあえず安心できます。戦後しばらく続いた日本経済の成長期などが好例ですね。大量生産・大量消費という原則を不変のものとして措定し、その原則の枠内で来たるべき変化を予測しつつ、私たちが「望ましい」と感じ「快適だ」と思えるような制御を加えながら自己保存のための方策を考案してきたわけです。このような場合、未来はあまり怖くありません。それどころか、経済成長の途上において未来に思いを馳せるのは、とても楽しいし、ワクワクします。
けれども、今、私たちは、AIの急速な進展や、不安定な国際情勢に代表される予測の困難な未来に直面しています。こういったとき未来に視点を移せば、私たちは不安になります。具体的に不都合が事象が起きているからではなく、何が起こるのかわからないから不安になるのです。そして、不安に駆られた人間にとって、最も手っ取り早い行動は、自己保存を脅かす要因を回避すること。簡単に言えば、「悪いこと」から我が身を防御することです。
「悪いこと」から我が身を守る、と言っても、私たちが考えつく「悪いこと」というのは過去に経験した範囲からしか想定されません。だから私たちは、かつて経験した「悪いこと」が再び起きないように頑張ってしまう。思いつく範囲の「悪いこと」を列挙し、それに備えようとするわけです。ただでさえ不安なのに、ますます不安や恐怖が増幅しますね。
こんなとき、できっこないと分かっていながらAIの進展自体を止めようとしたり、「触らぬ神に祟りなし」とばかりにAIの利活用をしないという選択をしてしまうのも、きわめて人間らしい反応と言えるでしょう。けれどもこれらは、1810年代のイギリスで産業革命による機械化を恐れた繊維産業労働者が織機破壊に走ったこととも、交通事故に遭わないために家から一歩も外に出ないと決意することとも通底する選択かもしれません。
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ここで私たちは、私たちの大先輩が、今日のAIの進展や国際状況の不安定化に匹敵する、あるいは、それを凌駕する劇的な社会変容を数多く乗り越えてきたという事実を再認識すべきなのではないでしょうか。
例えば、IoT・ビッグデータ・AIをキーワードとする第4次産業革命が現実味を帯び、AIが人間に替わって科学技術の進展を制御していく時代の分岐点となるシンギュラリティの到来もそう遠くはないと指摘される中で、現在、多くの私たちは「AIに仕事が奪われる」という不安を共有する状況にあります。でも落ち着いて考えて見ると、指摘されているのは“第4次“産業革命ですから、それに先行して第1次・第2次・第3次の産業革命があった、すなわち、人間はすでにそれらの大転換期を自ら創造し、乗り越えてきたということですよね。
第1次・第2次・第3次産業革命については、内閣府(2017)『日本経済2016-2017―好循環の拡大に向けた展望―』が、「18世紀末以降の水力や蒸気機関による工場の機械化である第1次産業革命、20世紀初頭の分業に基づく電力を用いた大量生産である第2次産業革命、1970年代初頭からの電子工学や情報技術を用いた一層のオートメーション化である第3次産業革命」であると説明しています(p.73)。
これらを経た今日の私たちは、「これからやってくる第4次産業革命は、これまでのちっぽけな産業革命とは比較にならないスケールで社会変容をもたらすんだ」と考えたくなってしまいますが、それはいささか被害妄想ぎみの発想かもしれません。そうでなければ、19世紀初頭のイギリスで死罪を恐れず織機破壊をした労働者たちの行動は説明できなくなってしまいます。
また、日本の近現代史だけに限っても、明治維新、第二次世界大戦の敗戦とその後の占領期改革など、その前後において社会の在り方が抜本的に変革された大転換が起きました。例えば、第二次世界大戦による死者は、全世界では数千万人、日本だけでも300万人以上と言われています。これだけの犠牲を払い、その後、日本を含む敗戦国では政治・経済・社会全般のシステムの書き換えとも言える改革が急速に行われたわけです。
さらに、日本での私たちの暮らしに密着した視点で捉えた場合、例えば、1957年には7.8%だった白黒テレビの世帯普及率は、4年後の1961年に6割を超え、1965年には9割に達しています。一割未満の富裕な家庭だけが享受していたテレビ放送は、10年を経ずして圧倒的多数の家庭に浸透しました。まさに情報革命が起きたと言えるでしょう。
私たちの先輩は、こうした社会的な変容に適応し、新たな価値やシステムを創造し、更なる革新を重ねてきたのです。先輩たちができたことは、きっと私たちにもできるのではないでしょうか。
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私たちにとって未来は本質的に怖い存在です。そこで何が起きるのかわかりませんし、その中に私たちの自己保存欲求を脅かす事柄も混じっているかもしれません。けれども、私たちの不安や恐怖の対象は、どれ一つとってもまだ生起していない、ここには存在していないものばかりです。それらは、私たちが自らの過去の経験を基に作った想定や、それらの経験を踏まえて推察した結果にしかすぎません。私たちが生み出したイメージは、私たちの手でいかようにでも変え得るはず。
僕の頭の中は基本的に「お花畑」なので、不透明な未来において生起しそうな「悪いこと」の影を察知したら、それを未然に防ぐための方略と、万が一それが実際に起きてしまった場合の積極的な対応策(≒ピンチをチャンスに変換し得るような構想)を常にセットで考えようとするクセをつけてしまえばいいと単純に思います。「クセ」という表現がまずいとしたら、そういうマインドセット・思考様式・思考回路とも言い換えられますね。
キャリア教育を通して、一人でも多くの子供たちがそういったマインドセットを身につけられるようにするためには、まずは、僕たち大人が変わる必要があります。キャリア教育における最強の「教材」はなんと言ってもロールモデル、すなわち、お手本です。
僕たち大人が、未来は怖い、暗い、仕事がなくなる……と嘆き節をぐだぐだ繰り返している間、未来がそうなってしまう可能性は徒に増大する一方です。そして、そういった思考は、子供たちにまで伝播し、彼らの未来を閉ざすことにもつながりかねません。
未来を「怖い」と怯え立ちすくむのか、未来を志向することを「楽しい」と思えるように更なる知恵をしぼるのか。これを決めるのは、他でもない、私たちです。無論、僕自身も、そして、この駄文にお付き合いくださったみなさま方お一人お一人も、その当事者なのだと思います。
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