今回のお題は、「『主体的・対話的で深い学び』とキャリア教育」です。
小学校では2020年度から、中学校では2021年度から全面実施され、高等学校では2022年度から学年進行によって実施されることになる学習指導要領は、多くの側面において「大改訂」と言うにふさわしい変革を学校教育にもたらします。無論、この「よもやま話」でも何度かお示ししてきたように、キャリア教育の一層の充実が求められていることも、その重要な特質の一つですね。
今回は、数ある「新学習指導要領の“目玉”」の中でも、筆頭格と呼べるほど高い関心を集めている「主体的・対話的で深い学び」による授業改善の在り方とキャリア教育との関係を整理したいと思います。
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今回の学習指導要領の改訂に向けた審議を中央教育審議会に求めた文部科学大臣による諮問(2014(平成26)年11月20日)において、「育成すべき資質・能力を確実に育むための学習・指導方法」の具体策として「アクティブ・ラーニング」が示されるとすぐに、「アクティブ・ラーニング」にスポットライトが当てられたことは皆様が記憶されている通りです。大型書店では「アクティブ・ラーニング・コーナー」が設けられ、関連する各種の新刊本が平積みされることも珍しくありませんでした。
その後、学習指導要領の基本的方向性を示した中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」(2016(平成28)年12月21日)や、それに基づく新たな学習指導要領が、「アクティブ・ラーニング」に代わって「主体的・対話的で深い学び」という表現を用いると、一気に「主体的・対話的で深い学び」がブームとなって今日に至っています。それぞれの教科ごとに、いわゆるノウハウ本もたくさん出版されている状況ですね。
もちろん、こういった状況は歓迎すべきことです。学校で直接授業をする先生方だけに暗中模索を強いるのではなく、学習指導要領の改訂に直接携わった方々や、各教科における指導実践のエキスパートが、新しい学習指導要領が求める授業改善の方向性と具体的な改善方策を分かりやすく示すことは意義のあることですし、社会的なニーズに応える意味からは不可欠なことであると言っても良いでしょう。
でも、「具体的にこのようにすればいい」というノウハウだけに先生方の関心が集中するとすれば、それはちょっと危険かもしれません。この点については、2016(平成28)年12月の答申が次のように指摘しています。
こうした(=子供たちの「主体的・対話的で深い学び」を実現するための[引用者注])工夫や改善の意義について十分に理解されないと、例えば、学習活動を子供の自主性のみに委ね、学習成果につながらない「活動あって学びなし」と批判される授業に陥ったり、特定の教育方法にこだわるあまり、指導の型をなぞるだけで意味のある学びにつながらない授業になってしまったりという恐れも指摘されている。
平成26年11月の諮問以降、学習指導要領等の改訂に関する議論において、こうした指導方法を焦点の一つとすることについては、注意すべき点も指摘されてきた。つまり、育成を目指す資質・能力を総合的に育むという意義を踏まえた積極的な取組の重要性が指摘される一方で、指導法を一定の型にはめ、教育の質の改善のための取組が、狭い意味での授業の方法や技術の改善に終始するのではないかといった懸念などである。我が国の教育界は極めて真摯に教育技術の改善を模索する教員の意欲や姿勢に支えられていることは確かであるものの、これらの工夫や改善が、ともすると本来の目的を見失い、特定の学習や指導の「型」に拘泥する事態を招きかねないのではないかとの指摘を踏まえての危惧と考えられる。(pp.48-49・下線は引用者)
「急がば回れ」という先人の知恵に従い、今回は、「主体的・対話的で深い学び」とはそもそも何か、何を目指しているのかについて再確認してみましょう。
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まず、「主体的・対話的で深い学び」の、いわば「言い出しっぺ」である2016(平成28)年12月の中央教育審議会答申から関連部分を引用します。はじめに、「主体的・対話的で深い学び」とは何か、その本質を簡潔に述べている部分を引きますね。
「主体的・対話的で深い学び」の実現とは、特定の指導方法のことでも、学校教育における教員の意図性を否定することでもない。人間の生涯にわたって続く「学び」という営みの本質を捉えながら、教員が教えることにしっかりと関わり、子供たちに求められる資質・能力を育むために必要な学びの在り方を絶え間なく考え、授業の工夫・改善を重ねていくことである。(p.49)
このすぐ後で、同答申は次のようにも言い換え、「主体的な学び」「対話的な学び」「深い学び」の具体的な説明につなげています。
「主体的・対話的で深い学び」の実現とは、以下の視点に立った授業改善を行うことで、学校教育における質の高い学びを実現し、学習内容を深く理解し、資質・能力を身に付け、生涯にわたって能動的(アクティブ)に学び続けるようにすることである。(p.49)
ここで何より大切なのは、「主体的・対話的で深い学び」の前提には、学びが生涯にわたって続くものであるという理解があり、生涯学び続けていく力を培うことこそがねらいとされている点です。日進月歩で知が進展し、競争と技術革新が絶え間なく生まれ、私たちの思考を底支えするパラダイムがいつ転換しても不思議ではない知識基盤社会に参画する上では、生涯にわたって学び続けようとする意欲、つまり学びに対する興味や関心が極めて重要であることは言うまでもありません。「主体的・対話的で深い学び」による授業改善の目的が学び続ける力を培うことにあるという点を、まず再確認しておきましょう。
次に、「主体的な学び」「対話的な学び」「深い学び」についての同答申の説明を引用します。
① 学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、見通しを持って粘り強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる「主体的な学び」が実現できているか。
子供自身が興味を持って積極的に取り組むとともに、学習活動を自ら振り返り意味付けたり、身に付いた資質・能力を自覚したり、共有したりすることが重要である。
② 子供同士の協働、教職員や地域の人との対話、先哲の考え方を手掛かりに考えること等を通じ、自己の考えを広げ深める「対話的な学び」が実現できているか。
身に付けた知識や技能を定着させるとともに、物事の多面的で深い理解に至るためには、多様な表現を通じて、教職員と子供や、子供同士が対話し、それによって思考を広げ深めていくことが求められる。
③ 習得・活用・探究という学びの過程の中で、各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら、知識を相互に関連付けてより深く理解したり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見いだして解決策を考えたり、思いや考えを基に創造したりすることに向かう「深い学び」が実現できているか。
子供たちが、各教科等の学びの過程の中で、身に付けた資質・能力の三つの柱を活用・発揮しながら物事を捉え思考することを通じて、資質・能力がさらに伸ばされたり、新たな資質・能力が育まれたりしていくことが重要である。教員はこの中で、教える場面と、子供たちに思考・判断・表現させる場面を効果的に設計し関連させながら指導していくことが求められる。(pp.49-50)
上の引用が明確に示すとおり、「主体的・対話的で深い学び」を構成する「主体的な学び」は「自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら」学ぶことを極めて重要な特質としています。この「よもやま話」でも繰り返し確認してきたように、キャリア教育は、一人一人の児童生徒が「学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら、社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていくことができる」ようにすることを目指す教育活動ですから、「主体的・対話的で深い学び」の本質を、キャリア教育と切り離して理解することはできないと考えます。
本来であれば、心を静めて、公正なまなざしから「主体的・対話的で深い学び」の本質を整理しなくてはならないのですが、ここまで明確にキャリア教育との密接な関係が示されてしまうと、「キャリア教育大好きおっさん」としては、どうしてもキャリア教育の色眼鏡を通してしか「主体的・対話的で深い学び」を捉えることができません。このような僕自身の限界(より正確には思考の傾斜)をご海容いただき、以下、キャリア教育推進の立場から見た「主体的・対話的で深い学び」の特質の整理としてお読みください。
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では、改めて「主体的な学び」に目を向けましょう。
「主体的な学び」とは、「学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、見通しをもって粘り強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる」学びであると定義づけられています。「よもやま話」の第2話や第36話でも指摘したことと重なりますが、このような「主体的な学び」こそ、各教科等を通したキャリア教育の基本となるべき教育実践の在り方であると考えます。
教科等での学びが、自らの将来においても生きて働く資質・能力につながるものであることを子供たちが認識し、その見通しの下で、粘り強く学び続けようとする意欲が持てるよう指導することは、「主体的な学び」を促す指導そのものであり、それは、各教科等を通したキャリア教育の姿でもあります。具体的には、教師が「今の自分の授業は、何をできるようにさせることをねらっているのか?」「それができるようになることは、目の前のこの子たちにとってどのような意味があるのか? この子たちの将来にどう生きるのか?」を意識し、それらを児童生徒に明示しつつ、授業の意義を明らかにして授業を展開することと言い換えることもできるでしょう。それを受けて、「なるほど、この学びは、僕・私にとって重要なんだなぁ。よし、頑張ろう!」と思い、学びに向かうことが「主体的な学び」の基本です。
でも、このような「主体的な学び」単独では、どうしても避けられない弱みがあります。
それは、視野の狭隘化です。「僕・私の将来との関係」を前提として、学びへの興味・関心を強めようとすれば、場合によって、特定の学習内容を「僕・私の将来とは関係ない」と切り捨てる過ちへと子供たちを導いてしまう危険に接近してしまう可能性を否定できません。
だからこそ、「対話的な学び」が必要なのです。子供同士はもちろん、先生方や地域の皆さんとの対話の機会を設け、先哲の考え方にも触れながら、自己の考えを広げ、物事の多面的で深い理解ができるよう子供たちを導く必要があります。
このような「主体的な学び」「対話的な学び」を通して、教科等における学びの深まりの鍵となる「深い学び」が実現するわけです。
キャリア教育推進の立場からは、この「深い学び」の実現の過程において、各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせることが求められている点が極めて重要と言えるでしょう。この「見方・考え方(各教科等の特質に応じた物事を捉える視点や考え方)」については、2016(平成28)年12月の中央教育審議会答申が、次のように指摘していることを再確認する必要があります。
「見方・考え方」には教科等ごとの特質があり、各教科等を学ぶ本質的な意義の中核をなすものとして、教科等の教育と社会をつなぐものである。子供たちが学習や人生において「見方・考え方」を自在に働かせられるようにすることにこそ、教員の専門性が発揮されることが求められる。(p.34・下線は引用者)
「見方・考え方」は、教科等の教育と社会をつなぐものであり、生涯にわたって続く学びや人生そのものにおいて、それぞれの教科等での学びを通して身に付けた物事を捉える視点や考え方を活かしていくことが求められています。そして、このような「見方・考え方」は、「各教科等を学ぶ本質的な意義の中核」でもあるというのが、答申の捉え方です。この「各教科等を学ぶ本質的な意義」については、同答申自身が次のように指摘しています。
子供たちに必要な資質・能力を育んでいくためには、各教科等での学びが、一人一人のキャリア形成やよりよい社会づくりにどのようにつながっているのかを見据えながら、 各教科等をなぜ学ぶのか、それを通じてどういった力が身に付くのかという、教科等を学ぶ本質的な意義を明確にすることが必要になる。(p.32・下線は引用者)
繰り返しとなり恐縮ですが、一人一人の児童生徒が「学ぶことと自己の将来とのつながりを見通」すことができるようにすることは、キャリア教育の重要な役割であり、その本質の一部です。ここで述べられる「教科等を学ぶ本質的な意義を明確にする」ことと、キャリア教育とは表裏一体の関係にあると言っても過言ではありません。
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結局、総体としての「主体的・対話的で深い学び」とキャリア教育とは、極めて密接な関係にあり、両者を切り離して考えることは難しいと言えるのではないでしょうか。既に確認したとおり、「主体的な学び」と教科等を通したキャリア教育とは不可分ですし、すぐ上で整理したとおり、「深い学び」における重要なプロセスとなる「見方・考え方」を働かせることとキャリア教育の本質もまた、相互に不可分な関係にあると捉えられます。
このように考えれば、前話(第38話)で注目した「大学入学共通テスト」が、「高校等における『主体的・対話的で深い学び』の実現に向けた授業改善のメッセージ性も考慮し、授業において生徒が学習する場面や、社会生活や日常生活の中から課題を発見し解決方法を構想する場面、資料やデータ等をもとに考察する場面など、学習の過程を意識した問題の場面設定を重視する」方針を明示したことは、極めて自然かつ妥当なことであると思われますが、皆様はどのようにお考えでしょうか。
【第38話】大学入学共通テストの方向性が示すもの(2018年7月8日)
【第37話】「キャリア教育の要」って、結局、何をどうするの?(2018年6月2日)
【第36話】教科を通したキャリア教育は難しい?―その2―(2018年5月6日)
【第35話】「教員が対話的に関わること」の意味(2018年4月11日)
【第34話】AI時代に求められる力(2018年3月11日)
【第33話】未来は「怖い」か「楽しみ」か(2018年1月27日)
【第32話】テレビドラマが映し出すもの(2018年1月21日)
【第31話】年の瀬の大風呂敷(2017年12月28日)
【第30話】働くって、何だろう?(2017年11月25日)
【第29話】キャリア・プランニングはナンセンス?(2017年11月5日)
【第28話】世界的に問い直される「学びの本質的な意義」(2017年10月29日)
【第27話】世界的潮流としての「教科を通したキャリア教育」の実践(2017年10月1日)
【第26話】「キャリア・パスポート」がやってくる!?(2017年9月10日)
【第25話】他山の石(?)としての1970年代のアメリカにおける実践(2017年8月27日)
【第24話】将来(おそらく)使わないものを勉強する理由 (2017年8月6日)
【第23話】「青い鳥」が住むところ (2017年7月1日)
【第22話】遅ればせながら…「基礎的・汎用的能力」って何?(2017年6月17日)
【第21話】「基礎的・汎用的能力消滅論(!?)」を検証する(2017年6月4日)
【第20話】キャリア教育の「要」としての特別活動(2017年4月23日)
【第19話】アントレプレナーシップって何だ?(2017年4月9日)
【第18話】子供たちの変容・成長をどう評価するか(2017年3月26日)
【第17話】就学前~小学校低学年の子供へのアプローチ(2017年3月11日)
【第16話】小学校・中学校の次期学習指導要領案を読む(2017年2月26日)
【第15話】小学校におけるキャリア教育の豊かな可能性(2017年2月12日)
【第14話】キャリア教育の18年の歩みを振り返る(2017年1月29日)
【第13話】今、高校3年生に伝えたいこと(2017年1月15日)
【第12話】中教審答申がキャリア教育に期待するもの(2016年12月29日)
【第11話】職場体験活動再考(2016年12月18日)
【番外編】PISA2015の結果が公表されました(2016年12月6日)
【第10話】強者の論理(2016年11月30日)
【第9話】学びの先にあるもの(2016年11月14日)
【第8話】キャリア教育と進路指導(2016年10月29日)
【第7話】五郎丸さん(2016年10月14日)
【第6話】「お花畑系キャリア教育」は言われるほど多いか?(2016年10月1日)
【第5話】金太郎飴(2016年9月18日)
【第4話】カリキュラム・マネジメントと「SMART」な目標設定 (2016年9月4日)
【第3話】キャリア教育とPDCAサイクル (2016年8月17日)
【第2話】教科を通したキャリア教育は難しい? (2016年8月2日)
【第1話】職業興味検査は使い方が肝心 (2016年7月31日)