今回のお題は、「教科を通したキャリア教育は難しい?―その3―」です。3回も同じお題を掲げるのは工夫に欠ける無粋の極み……とも思ったのですが、無粋だろうと何だろうと大切なことはちゃんと書いておかないとダメだよなと思い直してお届けします。相変わらずのお目汚しですが、お付き合いいただけましたら幸甚です。
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キャリア教育の実践にあたっては、「各教科等の特質に応じて、キャリア教育の充実を図ること」が大切。この点について微に入り細に入り解説めいたことをグダグタ繰り返すことはやめておきますが、1点だけ再確認させてください。ここで何より重要なのは、「各教科等の特質に応じて」キャリア教育の充実を図ること。仮に、教科の本質を損なうような、あるいは、教科としての授業展開に支障を来すような実践がなされるとすれば、それを学習指導要領に基づくキャリア教育の取組と見なすことはできませんし、キャリア教育としての価値も持ちません。
でも、言うは易く行うは難し、との先人の知恵が示すとおり、ここには「わかっちゃいるけど、つい…」という落とし穴があります。それは、キャリア教育の一環としての体験的な活動――職場体験活動やインターンシップなど――を実践するための「下請け」として教科等の時間を使ってしまうことです。
例えば、職場体験活動を終え、受け入れて下さった事業所に送るお礼状を書く。無論、お世話になったのですからお礼状を書くこと自体は当然ですし、心を込めて書くよう指導することはもちろん大切です。その際、失礼な文面にならないよう具体的なアドバイスをしたり、さらに細やかに個別の指導を必要とするケースもあるでしょう。
ですが、「お礼状を書く。すなわち、文章作成。だから、国語の時間に書かせよう。早速、国語の先生に相談だ。」という安易な方策で実施しようとすることは、場合によって、大きな落とし穴に自ら突っ込んでいくような行為になりかねません。
なぜこれが「落とし穴」になり得るかは、こういった依頼をされる国語の先生の立場になってみるとすぐに分かります。全くの架空の話ですが、キャリア教育担当のC先生が、国語担当のJ先生に次のような依頼をしたとしましょう。
「J先生。6月末の職場体験なんですけど、終わった後で子供たちにお礼状を書かせたいんですが、7月頭の国語の時間で、1時間だけで結構ですから、お礼状の作成指導をお願いできませんか?」
このような依頼を受けた国語担当のJ先生は、年間指導計画を広げ、「え? 7月の頭ですか…」と口ごもるはずです。C先生としては「1時間ぐらい、融通きかせてよ」と思っているかもしれませんが、7月の頭には4時間計画で「短歌の創作と鑑賞」の単元が予定されているのです。「五七五七七」の31音で構成される日本の伝統的定型詩の奥行きの深さと、散文とは異なる表現の醍醐味、俳句との違い……等々について、短歌の世界に子供たちを誘(いざな)いながら学ばせ、そのおもしろさを体感させる4時間の構造と体系が構想されているのに、それを分断する形で「お礼状の作成」が入ってくるかもしれない。こんな状況に直面したら、大抵の国語の先生は、心の底で次のように叫びます。
「国語を舐めてもらっちゃ困るんだよね。国語は、キャリア教育のための都合のいい時間じゃないんだよ!」
ま、このような心の叫びをC先生との会話の中でどれほど表現するかは、J先生のお人柄に左右されますが、J先生が「だからキャリア教育は嫌なんだ」という思いを深めたことについては疑う余地がありません。C先生は、図らずも、全ての教育活動を通したキャリア教育の実践に対する「抵抗勢力」を一人増やす結果を招いたと言えるでしょう。
無論、その学年の国語の年間指導計画に「手紙を書こう」などの単元が既にある場合には、話は大きく異なる可能性が出てきます。単元の順序を入れ替え、職場体験活動の直後に当該単元を実施することによって、実在する「手紙を読んでくれる相手」に対して、一人一人が実体験を基にお礼状を書くことになるわけですから、「手紙を書こう」という単元にリアリティと必然性が加わり、それは国語としての学習と社会をつなぐことに寄与することになります。この場合、C先生とJ先生が十分な意思疎通と連携をすることにより、キャリア教育にとっても、国語にとってもいわば「Win-Win」の実践になり得ますね。
でも、お礼の手紙や依頼の手紙を書く単元は、多くの場合、小学校4年生あるいは5年生で扱われますから、中学校や高等学校において「国語の時間でお礼状の作成指導をお願いできませんか?」と国語担当者に持ちかけても、うまくいくケースは希だと思います。「え? お礼状の指導ですか?」と聞き返してくる国語の先生が、「ここは小学校じゃないんだよ! 国語を舐めんな!」と怒りに震える気持ちを懸命に抑えている可能性は小さくありません。
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……ここまでお読み下さった方の中には、「何を今更、当たり前のことをエラそうに言ってるの?」とお感じになっている先生方もいらっしゃることと拝察します。
でもですね、学校外での体験活動を伴う学校行事は、実施学年にとっての「メイン・イベント」の一つであることが多いため、当該行事の担当になると、その行事を実りあるものにしたい気持ちが勝ってしまい、つい失敗しがちなのです。また、教科を通したキャリア教育が求められるご時世だから、一石二鳥かも…という誤った皮算用をしてしまうケースも少なくないようです。
実は、今月参加したある研修会の演習(グループワーク)でも、参加された先生方のうち、けっして少数派と言えない割合のグループが同じような「落とし穴」に陥ってしまっていました。
このグループワークでは、架空の高校の2年生のキャリア教育年間指導計画の作成が課題でした。学校の立地や在籍する生徒の特徴、主たる学校行事などの条件は与えられています。それらの学校行事の一つに「オーストラリアへの修学旅行(9月)」があり、訪問先のオーストラリアの人々と交流するプログラムも予定されています。そして、この修学旅行自体が、この学年のキャリア教育の重要な機会としても位置づけられているという設定でした。
このような状況において、年間指導計画の作成に取り組んだわけですが、夏休みまでの各教科でのキャリア教育として挙げられたものの中には、オーストラリアへの修学旅行の「下請け」と捉えられる提案が少なくなかったのです。
例えば……
・家庭科:郷土料理を学ぶ
・地理:オーストラリアの地誌を学ぶ
・英語:日本文化を英語で紹介しよう
・英語:質問文を考えよう
これでは、家庭科の先生も、地理の先生も、英語の先生もキャリア教育が嫌いになってしまいます。例えば、高校の地元の郷土料理を試食してもらった後の「質問文」を英語で考えるとすれば、Did
you like it?などが典型例になるでしょう。でも、これは中学校で学ぶ英語のレベルですね。あるいは、そこにhowを付けて、How did
you like...?としたところで、中学校レベルであることには変わりありません。これを高校2年生の英語の授業の中で扱うことを求められた英語の先生のお気持ちは……。さらに、そのタイミングが、多くの生徒にとっての高校英語の鬼門とも言うべき関係副詞を扱う時期に重なったとしたら、もうこれは最悪の事態ですね。
ただでさえ、中学校で学んだ関係代名詞の知識があやふやな生徒が少なくないわけですから、関係副詞の導入については入念に準備して授業に臨まないと、英語が一気に分からなくなる生徒が増え、それは英語嫌いの急激な増加を意味します。「よし、もうじき関係副詞を扱う単元だな。今年も英語嫌いを増やさないぞ!」と気合いを入れなくてはならない時期に、「郷土料理の試食後の感想を英語で尋ねる質問文を、英語の時間に……」などと言われたら、英語の先生のご機嫌が急速に悪くなることは想像に難くありません。
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この「よもやま話」で申し上げてきたことの繰り返しとなり恐縮ですが、教科を通したキャリア教育とは、「授業とは無関係な“キャリア教育的な何か”を、授業の中に無理に押し込む」ことでは全くありません。その真の姿とは、単元や題材などの学びの「本質的な意義」を子供たちが「なるほど!」と納得し、学習への意欲を高められるよう工夫しつつ授業を展開することです。
この点を是非もう一度確認しておく必要があるなぁと、強く思った研修会でした。
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