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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第41話 書けない・書かないキャリア・パスポートをどうするか(2018年11月17日)

  •  ご無沙汰いたしております。約2ヶ月ぶりの「よもやま話」の更新となりました。秋は、大学院の入試や各種学会の年次大会、各地での教員研修等の予定が多く入ることが分かっていながら、事前の計画的な対応ができない。……これを毎年繰り返している我が身の無能さを痛感します。お恥ずかしい限りです。

     今回は、このような自転車操業の日々の中で参加させていただいた複数の教員研修において、異口同音に指摘された先生方のお悩みについてお話ししたいと思います。題して「書けない・書かないキャリア・パスポートをどうするか」です。

     第26話・第35話でもお話ししたとおり、新しい学習指導要領に基づくキャリア教育を推進する上で、「キャリア・パスポート」は重要な役割を果たします。すでに、その試行的な実践に着手している自治体や学校は少なくありません。また、全国に先駆け、全県規模で取り組まれている自治体においても、新学習指導要領が示した方向性に即した改善が徐々に図られてきています。

     このような中で、先生方を悩ませる問題もいくつか浮上してきているようです。特に目立つのが、所定の欄に「書けない」「書かない」子供たちや保護者をどう捉え、どのように対応すべきかという課題です。

     とりわけ、ほとんどの欄に「特にない」だけを書き並べる中学生や高校生、あるいは、ほぼ白紙のまま机に突っ伏している中学生や高校生をどうするか。これが先生方にとって共通の悩みになってきていることを実感しました。また、これに肩を並べて、保護者のコメント欄が空白のままとなっているキャリア・パスポートをどうするか、という点についても多くの先生方が苦慮されています。

     無論、子供たちも保護者の皆さんも、一人一人個性も置かれている状況も違うわけですから、「万能薬」のような方策などあるはずもないのですが、今回は、このような状況における対応や支援の在り方の基本について、僕なりの考えをお話しします。文字通りの愚見ですが、先生方のご実践に僅かでもお役に立つ部分があれば幸いです。

     まず、「書けない・書かない」中学生や高校生をどう捉え、どう指導すべきかについてですが、基本となるのは、この状況自体がその子にとっての成長・発達の証であるという捉え方でしょう。

     児童期の安定した(≒幼い)自己イメージや将来展望から脱し、現実的な自己理解や人間社会の理解へと移行する時期において、大きな戸惑いに直面するのはごく自然なことです。我々大人でさえ、完全な自己理解ができているか、身の回りの社会をマクロ・ミクロの双方から見通せているかと問われれば、返答に窮するというのが現実でしょう。

     例えば、「この1学期を振り返って、特に頑張ったことを書きましょう」という項目があったとします。小学校中学年くらいまでの児童であれば、「うんどう会」「合しょうさい」「早おき」「あさがおの水やり」などと、それほど迷いもなく書けるケースがほとんどです。でも、中学生や高校生になると、「体育祭の時の俺は本当に頑張ったと言えるのか? あの程度の頑張りは誰でもしていることじゃないのか? 俺よりも多くの仕事をこなした奴はたくさんいるんだぞ。」などと悩むようになる生徒は少なくありません。こう悩んだ末に、結局、「キャリア・パスポート」の所定の欄に書けたのは「特にない」の一言。あるいは、空白のまま残された欄があるだけ。

     結果だけを見れば、真摯さも誠実さも気力も失った「困った生徒」のようにも見えます。でも実際は、「困った生徒」ではなく、自らの成長や発達に戸惑っている生徒であり、悩んでいる生徒がそこにいるのです。(無論、発達障害などの医療的ケアが必要な生徒に対しては、専門家との連携による積極的な個別支援策を講じるべきことは言うまでもありませんが、ここでは、いわゆる「健常な」生徒を前提とします。)

     たった一つの欄に記入するだけでも、悩み、戸惑っているのに、ワークシートに記入すべき欄はまだ続きます。「この1学期を振り返って……」「次学期に向けて……」「現在のあなたを評価するとすれば……」……このような質問をたたみかけられて、「もう、わかんない!」「どうでもいい!」と机に突っ伏す生徒がいたとしても、けっして不自然なことではないと考えます。

     このようなケースにおいて、キャリア・パスポート上で先生方ができること。それは、教師のコメント欄に、その生徒が取り組んだこと、力を注いだことをできるだけ具体的に、できるだけ数多く記し、その努力を肯定的な観点から評価することではないでしょうか。

     もちろん、そのようなコメントが思春期の只中にいる生徒の心に届かない場合も少なくないでしょう。一瞥すらされないこともあるかもしれません。でも、欄からあふれ出るほど、細やかに書かれた愛情ある先生のコメントを読むのは、「今、目の前にいる生徒」だけではないのです。キャリア・パスポートは、学年を超え、学校段階を超えて蓄積されていきます。疾風怒濤の思春期を脱し、久しぶりにキャリア・パスポートを振り返った数年後の生徒も、先生のコメントを読むことになります。

     自分は「特にない」と数カ所書き殴っただけなのに、中学1年の時の担任の先生も、2年の時の担任の先生も、こんなに細やかに俺を見てくれていたのか。こんなに温かく俺を応援してくれていたのか。……大人への扉を大きく開けて、その向こう側にやっと自分から一歩踏み出そうと思えるようになった時、数年前の先生方のコメントは、その生徒を励まし、その生徒の背中を押すことになるのです。

     もちろん、どんな場合においても、二者面談などの機会を捉えて、生徒の悩みに寄り添い、生徒の言葉に耳を傾けることは必要不可欠です。その上で、一人一人の生徒の肯定的な自己理解や前向きな姿勢を醸成するための言葉をかけていくことが重要であることは言うまでもありません。けれども、思春期における「最もしんどい時期」には、それすら拒絶されてしまう場合があります。この点については、中学校・高等学校の先生方が実感されているとおりです。

     でも、キャリア・パスポートへのコメントは、時を超えて生徒を支え続けます。生徒が、それらの先生方のコメントに心を開くようになった時に生徒に届くのです。

     では次に、コメントを「書けない・書かない」保護者への対応の在り方について考えてみましょう。

     この点については、保護者からのメッセージを想定する欄に、「[ 空白 ]からのメッセージ」等と記し、保護者ではない大人(祖父母、兄・姉、叔父・叔母、部活動の顧問や監督、児童養護施設の職員さんなど)からのコメントを記入しやすくする工夫をしている実例もあります。地域や学校の実情に即した創意ある優れた実践ですね。

     ここでは、あとひと工夫すれば保護者からのコメントがもらえるケースについて、知恵を絞ってみたいと思います。

     例えば、様々な状況によって、学校の教育活動全般に関心を示さない・示しにくいがゆえに、コメントを書かないままにする保護者の場合は、保護者面談や家庭訪問の機会を捉えて、その場で教師と共にキャリア・パスポートに目を通してもらうことも考えられます。

     キャリア・パスポートは学年を超えて蓄積するものですから、前年度において児童生徒が記入したワークシートを翌年度の担任が保護者と一緒に振り返り、前年度の担任のコメントなども踏まえながら、当該児童生徒の理解を保護者と共に深めていくことも可能でしょう。児童生徒が記載した内容をきっかけとしつつ、家庭でのその子の様子もより具体的に話し合うことが可能となるかもしれません。その上で、その場でコメントを記入できる保護者には書き入れてもらうこともできるはずですし、より記入しやすい環境(=別室や記入用の机と椅子など)を設けることも一つの方策ですね。

     また、日本語の読み書きが不自由な保護者の場合には、母語による支援員さんなどの協力を得ながら、キャリア・パスポートの内容を伝え、保護者に母語でのコメントを記入してもらう方策も十分考えられます。この場合も、翌年度の保護者面談や家庭訪問の機会が活用できそうです。保護者が記したコメントの内容については、当該児童生徒は理解できるケースが圧倒的に多いわけですから、キャリア・パスポートとしての機能は何らの支障なく十分に果たします。(無論、教員側がその内容を把握することも重要ですので、支援員さんに訳していただき、次年度以降の担任にもそれが伝わるよう別途工夫が必要となりますが…。)

     さらに、様々な障害によって保護者による記入自体が困難なケースにおいては、教師が代筆し、その代筆内容が正しいことを保護者が確認したことを示せるような工夫を適宜することも可能だと思います。

     どんな保護者も我が子の成長や発達を願っているわけですから、その想いや願いを受け止め、キャリア・パスポートに反映するための工夫の余地は十分にありそうです。今後、様々な学校における創意ある取組から、先生方と保護者の皆さんの双方にとって無理のない実践方策が数多く生み出されることを願っています。


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藤田晃之

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