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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第46話 変わりゆく日本型雇用(2019年4月28日)

  •  4月22日、日本経済団体連合会(経団連)と国公私立大の代表者らによって構成される 「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」が、1月から重ねてきた議論を踏まえ、『中間とりまとめと共同提言』(以下、「共同提言」と略します)を公表しました。
    http://www.keidanren.or.jp/policy/2019/037.html

     最終的な結論をとりまとめたものではないとはいえ、当該「共同提言」は、「これまでの新卒一括採用と企業内でのスキル養成を重視した雇用形態のみでは、企業の持続可能な成長やわが国の発展は困難となる」と明言するなど、戦後の高度経済成長期から日本社会に根を下ろしてきた大学から職業への移行の在り方が過渡期を迎えようとしていることを宣言しています。

     「良い高校→良い大学→良い企業」という“王道”をたどっておけば、あとは企業が社内教育を通して一人前の企業人に育ててくれて、定年まで身分も給与も保障してくれる。だから、歯を食いしばって“上”を目指して、受験を乗り切りなさい。……こういった従来型の進学指導の弊害については、これまでも数多く指摘されてきたわけですが、今回の「共同提言」は、そのような日本型雇用を形成し、保持してきた当事者が方向転換の必要性を明示した点で注目に値すると言えるでしょう。

     この「共同提言」では、本文の他に概要版も作成・公開されていますので、全体の骨子については、そちらをご覧いただくこととして、ここでは、今後の初等中等教育段階におけるキャリア教育実践を構想する当たって必要不可欠な部分のみをまずご紹介します。(以下のポイントの整理は、あくまでも藤田個人によるものです。「共同提言」及びその概要版に用いられる文言を簡略に言い換えたり、解釈を加えたりした部分も含まれます。)

    Society 5.0時代に求められる人材
    ○ 「論理的思考力と規範的判断力」をベースに社会システムを構想する上で必要な「課題発見・解決力」と「未来社会の構想・設計力」を備えた人材

    ▶ その基盤として、数理的推論・データ分析力・論理的文章表現力・外国語コミュニケーション力などのリテラシーや、忍耐力・リーダーシップ・チームワーク・学び続ける力などの汎用的な資質能力が不可欠。
    ▶ これらの能力育成には、初等中等教育から高等教育にいたる全ての教育が関与し、少人数教育や課題解決型の教育、海外留学体験などが必要となる。


    Society 5.0時代の雇用システムや採用のあり方
    ○ ジョブ型を含む複線的なシステムへの移行 

    ▶ 新卒一括採用(メンバーシップ型採用=新規卒業者を対象とし、採用日程・入社時期を統一し、学生のポテンシャルを重視した採用)に加え、ジョブ型雇用を念頭においた採用も含め、複線的で多様な採用形態に、秩序をもって移行すべき。
    ▶ すでに企業は、ダイバーシティを意識して、外国人留学生や日本人海外留学経験者を積極的に採用する方向にある。また、ジョブ型採用の割合が増大し、グローバルな企業活動が拡大する中で、大学院生を積極的に採用する方向も見えてきている。
    ▶ 今後、より高い専門性を重視する傾向となれば、学部段階を含めて卒業・学位取得に至る全体の成果を重視すべき。卒業要件の厳格化を徹底すべき。
    ▶ これらに並行して、大学1・2年生を対象とした「キャリア教育プログラム」の共同開発・実施が必要。また、大学高学年対象の仕事選びに直結する「インターンシップ・プログラム」の共同開発・実施と、当該インターンシップ・プログラムを通じて得た学生情報の取扱いの検討も必要。


     ここに示されるように、初等中等教育段階における学校教育、とりわけ、新しい学習指導要領が求める教育活動の重要性はいささかも揺らぐものではありません。同時に、基礎的・汎用的能力の育成を中核的に担うキャリア教育の必要性や意義は一層明確にされたと言うべきでしょう。

     とはいえ、従来型の雇用慣行(新卒一括採用=メンバーシップ型採用)が即刻廃止され、欧米型のジョブ型採用(=担当する職務内容や範囲を明確に定め、必要なスキルなども明示された「職務記述書」に基づいた採用。通常、採用時期を事前に定めることはせず、新たな職務を担当する人材が必要になった時にその都度採用人事が発生する)に全面転換されるわけではありません。この点については、「共同提言」が発表された4月22日当日、経団連の中西宏明会長が定例記者会見において次のように述べています。
    http://www.keidanren.or.jp/speech/kaiken/2019/0422.html

     新卒一括採用で入社した大量の社員を各社一斉にトレーニングするというのは、今の時代に合わない。この点でも考え方が一致した。他方、報道にあるような、大学と経団連が通年採用に移行することで合意したという事実はない。複線的で多様な採用形態に秩序をもって移行していくべきであるという共通認識を確認したという趣旨である。

     移行のタイムフレームについては、社会システムや社会常識そのものの変化が前提となるので、時間がかかるだろう。人生100年時代において、一つの企業に勤め続けるということは難しくなる。リカレント教育は、テクノロジーの再教育だけでなく、新しい人生の再設計もターゲットとしている。社会を多面的なものにしていく必要がある。

     そりゃそうですよね。日本の場合、就職した後に「その会社に定年まで勤め上げる」ことを前提として様々な制度や慣行――退職金や企業年金、企業別労働組合などが典型ですが、配置転換や転勤、子会社等への出向などの人事慣行、社内資格(企業内資格)制度など多様です――が深く社会に根付いていますし、極めて高度な専門技能などを持つ人でもない限り、転職を重ねていると社会的信用にも傷がつきかねません。こういった暗黙の社会的な合意事項までを含めて考えれば、一足飛びにメンバーシップ型の採用からジョブ型の採用に移行することは不可能でしょう。

     でも、それでもなお、今回の「共同提言」が示した方向性を「ま、遠い先のことだから、今まともにとりあう必要もないよね」と、見なかったことにすることは避けたいものです。

     例えば経団連は、今から25年も前の1994年11月に「規制緩和の経済効果に関する分析と雇用対策」を公表し、「戦後50年経たわが国の経済・社会システムは、いわば金属疲労を起こしており、変化への対応力を極度に低下させている」と指摘した上で、次のように述べています。

     労働移動の円滑化に向けた政府の労働市場整備と合わせ、企業においても、これまでの安定的な雇用確保のための経営努力に加え、新しい雇用形態を模索した種々の取り組みを進めていく必要がある。(中略)企業においては、柔軟性を持った就業形態や、成果、貢献に見合った賃金制度、採用方式の多様化、従業員の自己啓発の支援など、具体的な方策の実行を急ぐべきである。


     このような規制緩和については、1999年の改正労働者派遣法の施行などによって非正規労働者の増大のみが先に進展し、正社員との格差が拡大しているのが現状でしょう。けれども、1990年代から目指されてきた多様な「柔軟性を持った就業形態や、成果、貢献に見合った賃金制度、採用方式の多様化」は、本来、正社員も含むものとして構想されていたのです。

     今日、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保を目指して「同一労働同一賃金」の在り方が模索されるなど、正規労働者(その大多数はメンバーシップ型採用)と非正規労働者(その多くがジョブ型雇用)との格差の是正が大きな課題となっています。また、昨年12月の法改正によって新たな外国人材受入れが開始されましたが、創設された在留資格「特定技能1号」「特定技能2号」は、「ジョブ型雇用」を前提としていると言えるでしょう。

     25年前の日本と今日の日本では、雇用をめぐる環境は全く異なっています。このような中で、今回の「共同提言」がとりまとめられたのです。1~2年後に大転換が断行されるわけではありませんが、現在、小学校・中学校・高等学校で学んでいる子供たちにとっては、まさに「我が事」であるように思います。

     今回の「共同提言」は、政府の未来投資会議などでも参照され、次の成長戦略などにも影響を与えることになるでしょう。各学校においては、このような動向を視野に収めつつ、各地域の経済団体等とも連携して、子供たちの発達の段階に即した情報提供の機会を設ける必要がありそうです。仮に、万が一、そこまでの実践に手が回らないとしても、「少しでも社会的な評価の高い上級学校への合格を勝ち取る」ことだけに終始する従来型の進学指導が時代の流れと大きくズレていることを明確に認識し、「論理的思考力と規範的判断力」「課題発見・解決力」「未来社会の構想・設計力」につながるキャリア教育の実践に力を注ぐことは不可欠であると感じます。皆様はどうお考えでしょうか。


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藤田晃之

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