先週(正確には6月17日から21日まで)、ノルウェー北部の街 Tromsø で開催された国際会議ICCDPP 2019 International
Symposiumに参加してきました。International Centre for Career Development and Public
Policy(キャリア開発と公共政策に関する国際センター)とノルウェーの職業技能開発協会(Kompetanse Norge、(英)Skills
Norway)の共催による会議です。会議の正式名称には「シンポジウム」とありますが、壇上でのシンポジウムを客席で聴いていればよい、という性質ではありません。
事前には4テーマ20項目に及ぶ問いが示された書式に従って執筆した10ページの「カントリーペーパー」の提出が求められ、会期中には、基調講演やパネルディスカッションなどを交えながら、4つのテーマごとに「講演(catalyst
speech)+カントリペーパーの総括報告+グループディスカッション」がなされます。ご想像の通りかと思いますが、どのグループに振り分けられるのかは会場に入る際に引くカードによって決められます(日本からは僕を含めて4名が参加したのですが、「日本人で集まって相談しながらディスカッションに加わろう」などという方策は通用しません)。各グループにはファシリテーターが1名配置され、司会進行と議論の集約の役割を担い、集約された意見を手元のパソコンに打ち込みます。その結果は会場前方の大スクリーンにグループ別にリアルタイムで映し出されるので、最終的には参加者全員が全てのグループの意見を一覧できるという仕組みです。そして、最終日には、これら全ての議論を踏まえた上で「コミュニケ」の草案が提示され議論されて、仮案の承認がなされた後に解散となりました。
今回は、基調講演の質問や全体議論の際にSlidoが活用され、とても円滑だったことが印象的でした。質疑の司会進行のほとんどはデンマークのキャリア教育研究者のホープであるRie Thomsenさんが担当したのですが、彼女の機知に富んだ司会ぶりは本当に見事でした。Slidoの機能が、彼女の力によって十分発揮され、参加者にとって満足感の高い質疑応答になったように思います。(やっぱり、最終的には「人」の力なんだなぁと実感しました。僕も彼女くらい自由に英語が話せたらなぁ
と 一瞬思いましたが、英語の運用能力だけでは全く太刀打ちできないことに気付きました。落ち着いた物腰とか、相手の発言を受けて次の質問につなぐ力とか、そういった総合的な人間としての力量が問われますね。……おっと、こんな細かなことを書いているといつになっても終わりませんので、この辺で切り上げます。)
今回参加したのは33カ国、総勢約160名でした。開催国ノルウェーからは25名の参加者がありましたから、32の国から130名以上がノルウェーに集まったわけです。
参加国のカントリーペーパーやテーマごとの総括、最終的に採択されたコミュニケなどはすべて次のURLで公開されています。是非ご覧下さい。(コミュニケについては、近いうちに日本語訳をした上で改めてお知らせする予定です。)
https://www.kompetansenorge.no/iccdpp2019/
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今回の会議の最大の特質は、開発途上国や紛争国からの参加が増えたことだと思います。カンボジア、エジプト、ガーナ、コソボ、スリランカ、シリアなどのカントリーペーパーを読んでいると、まさに「国造り」は「人づくり」であると実感します。政府を挙げてキャリア教育(キャリア形成支援)に取り組み、一人一人の若者の進路選択をサポートし、職業技能の向上を図り、それらを通して、安定した社会を構築し国としての経済力を向上させようと大きな力を注いでいます。
例えば、1991年にユーゴスラビアから独立し、2013年にEU加盟にやっと漕ぎ着けたクロアチアでは、政府によって、職業興味検査・適性検査・職業探索・求人情報検索・応募-採用までを包括したシステムが構築・運用され、パソコンやスマホひとつで小学生から大人までいつでも活用できる状況を迎えました。無論、インターネット等のインフラ整備が追いついていない地域も一部にあって、クロアチア全土で円滑なサービスが提供できているとは言い難い現状ではありますが、国としての意気込みの強さは鮮明に感じ取ることができます。
一方、石油や天然ガスの輸出によって豊かな経済力を誇っているカタールからの参加者が、「うちでは教育も大学まで無料、医療も無料、税金らしい税金もない。だから、子供たちは職に就かなくても生きていけると思っている。こうやって甘やかされて育っている子供たちに、ちゃんと将来を見据えることの意義を伝えることは難しい」とぼやいていたことは印象的でした。世界は広いのですね。
さらにまた、これまで国策としてキャリア教育に注力してきた国の一部では、予算削減や関連制度の縮小という現実に直面しているという実情も明らかになりました。例えば、デンマークでは、各種のきめ細やかなキャリア形成支援が、学校から職業への円滑な移行や、高等教育への進学に直接的な効果を発揮しているというエビデンスがないこと等を理由として、キャリア形成支援のための専門機関と学校との連携のための予算が削減されてしまっています。中等教育終了後、就職や大学進学の前に、数年間、外国での旅行やボランティア経験、アルバイト経験などをすることがけっして珍しくないデンマークですから、後期中等教育終了後の就業率や進学率をはじき出すこと自体に意味があるとは思えませんが、「年度ごとのエビデンス」に固執する(固執せざるを得ない)財政当局等とのせめぎ合いは、どの国でも避けられないのですね。でも、デンマークでは、つい数日前の27日、4年ぶりの政権交代があったばかりです。中道右派政権から中道左派政権にかわったことを機に、緊縮一辺倒だったこれまでの方針も変更され、キャリア形成支援の重要性が再評価されそうな気もしますが、どうなるのでしょうか……。当面、デンマークからは目が離せません。
あぁ、世界は動いている! ――今回の会議に参加して、最も強く感じたことを一言で表せば、これに尽きます。途上国、先進国を問わず、若者の未来は国の未来に他なりません。また、AI技術の進展や国境を越えた人の動きの活性化は世界に共通しています。でも、各国が直面している現実は千差万別。その中で、キャリア教育推進施策担当者も、キャリア教育研究者も、支援サービスを提供している各機関や学校に携わる皆さんも、それぞれに知恵を絞って額に汗して頑張っていることを、ともに話し、食事をし、体感できたことは何よりの収穫でした。
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また、今回の会議への参加を通して、日本のキャリア教育(キャリア形成支援)の水準の高さを実感したことも重要な収穫です。
ここでは、そのいくつかをピックアップしてみましょう。
多くの国で、社会的に不利な立場に置かれている若者に対するキャリア形成支援サービスを提供することは重要課題の一つです。なかでも、世界共通語となった「NEET」と呼ばれる若者たちへの支援の拡充は特に重要視されています。この点について日本では、無料のサービスを提供する「地域若者サポートステーション(サポステ)」が全国に170箇所以上設置され、「子ども・若者育成支援推進法」に基づきつつ学校・家庭・関係諸機関との連携枠組みが構築されています。もちろん、運用実態はどうか、その効果はどうかといえば課題山積ではあるのですが、こういった制度自体が全国的には普及していない国がまだ多いのです。
また、「職場における体験的な学習」の重要性に鑑み、その拡充を図る必要性も共通課題として浮かび挙がりましたが、日本の中学生の98%以上が在学中に何らかの職場体験活動に参加していることは世界に誇っても良いことの一つです。これまた、体験期間の短さや高校生のインターンシップ参加率の低さなど改善すべき点はたくさんあるのですが、「実施するとなったら全国一斉」という賛否両論ある教育行政の方針が、ここでは功を奏していると言えそうです。前期中等教育段階で職場体験活動やそれに類する活動を行っている国は全く珍しくありませんし、そういった国々でも大多数の生徒が体験の機会を得てはいるのですが、ほぼ全員にこのような機会を保障できている国はけっして多くはありません。
さらに、ポートフォリオ型の資料を使って一人一人のキャリア形成を支援している国は欧米を中心にごく普通に見られますが、小学1年生から12年間継続して使用するポートフォリオである「キャリア・パスポート」は、世界的に見て極めて先進性の高いものとして注目されます。初等教育段階でのキャリア教育の拡充が求められつつも、多くの国では、中等教育段階からポートフォリオをスタートさせています。小学校、しかも1年生からという国は、日本を除いて他にないかもしれません。
そして、何と言っても、「基礎的・汎用的能力」自体が、ワールドクラスの水準にあることは強調しておくべきことであると思いました。世界的に見れば、キャリア教育(キャリア形成支援)と言っても、進むべき上級学校や就くべき仕事を選択・決定させることに関心が集中している段階に留まっている国が少なくありません。それゆえ、会議中、「career
decision-making skills」から「career management skills」への視点の転換が必要だと指摘されることが何度かありました。でも、日本では、人間関係形成・社会形成能力、自己理解・自己管理能力、課題対応能力という「career
management skills」と、キャリアプランニング能力という「career decision-making & management
skills」によって構成される「基礎的・汎用的能力」が構築され、キャリア教育の基盤に据えられています。じゃあ、個々の学校の実践までこの理念が貫かれているのか?と問われれば、答えに窮するのが現状ではありますが、少なくとも「基礎的・汎用的能力」という言葉が市民権を得つつあり、その内容についての理解も高まってきていることは、世界に向けて胸を張れることの一つであると思いました。
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無論、ここで皆さんに、「日本はキャリア教育先進国だ!」と裸の王様状態になることをお薦めしているわけではありません。けれども、もはや「日本のキャリア教育は世界から見て見劣りすることばかり」ではないのです。欧米型のキャリア教育に学び、模倣し、微修正を加えて自国化するといったチャッチアップ型の時代は終わったと言えるでしょう。今後は、他の国々と相互に学び合う時代を迎えます。つまり、これまで欧米を中心とした諸外国から学ばせていただいたご恩に対して、日本から諸外国に向けて情報発信をすることによる「お返し」が求められているのです。
でも、この点、行くべき道のりは遠いですね。文部科学省のウェブサイトも、国立教育政策研究所のウェブサイトも外国語版は確かにありますが、日本語によるオリジナルサイトに比べて情報は極端に少ないのが現状です。日本のキャリア教育の姿を外国に向けてちゃんと伝えることができているサイトは、果たして存在するのでしょうか。……もちろん、僕自身、今、ブーメランを投げたことを自覚しています。「そんなことを言っている暇があったら、おまえのサイトをバイリンガル版にしろ!」ですよね。急に全部は無理ですが、今年後半くらいから、ちょこちょこと作業を続けてみます。結果がついてくるかどうか、極めて心許ないですが。
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