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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第50話 「キャリア・パスポート」は “お荷物”か?(2019年10月13日)

  •  ご無沙汰いたしております。
     各地での研修会にお邪魔している間に8月が終わってしまい、9月中旬に控えた国際キャリア教育学会(IAEVG)年次大会での発表準備等に手間取っている間に大会本番を迎え、開催地スロバキアからの帰国後は不在中にたまった諸々と格闘せざるを得ず、そうこうしている間に秋学期(後期)の授業が始まっており、ふと気付けば10月も中旬でした。

     小学生の頃は夏休みをあんなに長く感じたのに、なぜ今はこんなに日々の経過が早いのか。……その答は言うまでもなく「加齢」及び「能力の不足」。動かすことのできない現実とはいえ、毎年、秋はこの厳しい事実に直面せざるを得ないのが辛いです。(「辛いのが分かっているんだったら、事前に対策を練ろうよ。」「そうは言っても、できることと、できないことがあるんだよ。」……先日、風呂に入りながらこんな独り言を言っている自分に気づき、我ながら驚いてしまいました。思っていることを無意識のまま発語してしまうことが本当にあるのですね。単なる老化現象の一つであれば良いのですが。)

     加齢だの老化だの、気が重くなる話はこの辺で切り上げましょう。

     今日、10月13日は、本来、学生たちと一緒に香港に研修に出かけていたはずの日でした。毎年度実施している「人間学群国際化プロジェクト」の一環として、今年度は、人間学群の学生9名・担当する教員3名が、香港大学の学生たちとの交流や複数の学校視察、香港教育局でのレクチャー参加などを行う予定だったのです。今年度の計画は、逃亡犯条例を契機とした抗議活動の開始前にスタートしており、抗議活動の状況を常に確認しつつ具体化させざるを得ない状況でした。けれども、10月1日におきた警察官による高校生に対する実弾発砲を機に、抗議活動の様相が一気に大きく変容しました。週末のみであった抗議活動が平日にもなされ、暴徒化するケースも増え、抗議活動の場所も事前に予測がつきにくい状況となったのです。これを受け、香港大学の関係者とも緊急の意見交換を重ね、学内でも慎重に検討した結果、参加学生の安全の確保を最優先すべきであるとの決断に至り、今年度の「人間学群国際化プロジェクト」は中止としました。

     これまで、我々の訪問を快諾し、細やかな配慮に基づいた受入計画を立てて下さった香港大学の皆様にこの場を借りて深く御礼を申し上げます。また同時に、香港に平穏な毎日が一日も早く戻ることを心から祈る次第です。

     今年度のプロジェクトは中止を余儀なくされましたが、参加予定であった私たちは、この数ヶ月間、香港の激動の日々に関心を集中させ、情報を集め、心を痛め、解決の糸口について私たちなりに考えを巡らせました。今回、香港を訪れること自体は叶いませんでしたが、私たちにとって(少なくとも僕個人にとっては)忘れることのできない、忘れてはならない経験でしたし、それは現在進行形の経験であり続けています。

     またもや、前置きが長くなってしまいました。申し訳ありません。

     今回お届けするのは、節目となる「第50回」目のよもやま話です。おぉ、継続は力なり。石の上にも三年。塵も積もれば山となる。雨だれ石を穿つ。……とりあえず、誰も褒めてくれないので、自分を大いに褒めてみました。(若干空しいですが、気にせず話を進めます。)

     で、節目のテーマをどうするかと悩んでみたのですが、第1回から第49回の中で最も多く取り上げたテーマについて、別の角度から考えることが一番ふさわしいように感じました。これまで多く取り上げてきた、ということは、それだけ頻繁に僕自身が重要であると考えた結果でもあるので、50回目の節目にそれを再考することには一定の意義があると思ったわけです。

     となると、今回のテーマは自ずと「キャリア・パスポート」関連に落ち着くこととなります。以下に示すとおり、これまで4回も扱ってきたのは「キャリア・パスポート」以外にはないからです。
    【第26話】「キャリア・パスポート」がやってくる!?(2017年9月10日)
    【第35話】「教員が対話的に関わること」の意味(2018年4月11日)
    【第41話】書けない・書かないキャリア・パスポートをどうするか(2018年11月17日)
    【第45話】「キャリア・パスポート」例示資料等の発出によせて(2019年4月4日)

     ちなみに、発出後しばらくの間、文科省のウェブサイトでは公開されていなかった「『キャリア・パスポートの例示資料等について(事務連絡)」ですが、現在は以下のURLで全て確認することができます。是非ご覧下さい。
    「『キャリア・パスポートの例示資料等について(事務連絡)」

     かなりもったいぶったような書きぶりになってしまいましたが、以下、本題に入ります。

     「この夏の研修会で、『キャリア・パスポート』が来年(2020年)4月から実施されるという話題が突然出てきた。」「この冬に『キャリア・パスポート」の作成指針が県から下りてきて、春からは、有無を言わさずやらされるんだって…。」「『キャリア・パスポート』って急に騒がれているけど、一体全体なんだよそれ!」

     皆さんの周りでは、このような声が聞こえてきませんか? この夏、多くの都道府県等が主催するキャリア教育関連の研修会では、キャリア・パスポートを重要なテーマとするケースが少なくなかったようです。しかも、その大半では、①来年の4月から一括実施であること、②県としてのモデル/指針/様式などは秋以降に公表予定であることが強調された、という共通性が見られました。

     確かに、現時点において、「キャリア・パスポート」と明示した上で県としてのモデル/指針/様式などをウェブサイト上で公表している自治体は、新潟県岡山県山口県など少数のケースに留まるようです。すでに類似の実践が積み重ねられている都道府県や市町村など(「キャリア・ノート」「キャリア・ファイル」など名称は様々です)においても、来年4月から、どこがどのように変わるのかについては不明のまま、というケースが圧倒的に多いのが実態でしょう。

     実際、僕自身が多少なりとも関わらせていただいている自治体ではいずれも、県としての「キャリア・パスポート」のモデル/指針/様式等を「鋭意作成中」の段階ですので、多くの自治体でも同じような状況であると推察します。

     そうなると、不安になるのは学校現場です。

     無論、都道府県教委としては、来年4月から全ての学校で実施に移される「キャリア・パスポート」について、夏の教員研修でその概要を告知するのは当然の責務であると考えるでしょうし、実際、そのような前提に立って、3月29日付けで文科省から出された事務連絡に基づきながら概要を丁寧に説明されたはずです。でも、当該事務連絡を受け、都道府県独自の「キャリア・パスポート」を準備するための委員会やワーキンググループを組織し、実質的な審議や作業に入るのは、どんなに早くとも6月とか7月になってしまいます。夏の教員研修の時点で、都道府県としての具体的なモデル/指針/様式等に基づく情報提供ができた自治体が少ないのはやむを得ない状況と言えるでしょう。誰かが手を抜いた結果、そうなってしまったわけではないのです。

     そうは言っても、こんな状況では、学校現場の不安は増すばかりですね。

     ……いや、正直に、多くの学校の先生方を敵に回すことを覚悟で言い放ってしまえば、「文科省のウェブサイトで公表されている『「キャリア・パスポート」の例示資料等について(事務連絡)』や様式例・指導上の留意点などをお読みになれば、不安も一定程度は解消されるのに……」が本来の答です。(…ああ、言っちゃった。)

     でも、行政文書はお世辞にも読みやすくはないですし、先生方が多忙であることは誰しもが認める事実ですので、僕なりに「キャリア・パスポート」の姿を分かりやすくお示ししてきたのが、この「よもやま話」の第26話、第35話、第41話、第45話です。けれども、悲しいことに、僕の冗長な書き癖が、僕の意図とは裏腹な結果をもたらしていることは想像に難くありません。

     なので今回は、「第50回記念 ズバリ断言! 『キャリア・パスポート』は みんなにとって“お得”です」をお届けします。僕は、生来のええかっこしいで、誰からも嫌われたくない病を長い期間患っているので、話が長くて回りくどい。これをどうにか克服しようと思って努力はしてきたのですが、改善の兆しはゼロです。ズバッと断言しようとしても、言葉足らずによる誤解を招きそうで怖いのです。

     よって、今回に限り、ズバッと行きます。語弊については、予め謝らせて下さい。

    ◆「キャリア・パスポート」は児童・生徒にとって“お得”です◆

     小学校から高校まで、これまでどれほど多くの「体験記録」「学習のまとめ」「○○学期を振り返って」「将来の夢」等々を書き、先生からコメントをもらい、一定期間保存し、その後、ゴミ箱に捨ててきたことか。これでは、もったいない。

     でも、これらの重要な学びや成長の記録の全部を学年を超えて蓄積し、振り返ることは不可能。だから、それらを整理・参照してワークシートにまとめ(特に重要な記録については厳選してそのまま)キャリア・パスポートに収めて、毎年、蓄積しよう。

     小学校低学年・中学年ごろまでの素直で無邪気で幼い記述を、思春期の「自分でもよく分からない自分」「自分でも御せない自分」に直面したときに読み返す。ああ、純粋な憧れをもっていた時期が確かにあったなぁと、新たな自分軸を見いだせるかもしれない。

     思春期の殴り書きや自己否定、なんであんなことをしたのかなぁという記録を、思春期を経た後に読み返す。あぁ、あんな時期を経たからこそ今の僕が・私が居るんだなぁ、辛い時期を乗り越えた自分を褒めてもいいじゃん。

     そして、どんな自分に対しても、つねに寄り添い、励ましてくれていた担任の先生たち。こんなところまで見ていてくれていたんだなぁ。褒めてもらった自分、励ましてもらった自分に恥ずかしくない生き方、できるといいなぁ。

    ◆「キャリア・パスポート」は先生方にとって“お得”です◆

     小学校から高校まで、これまでどれほど多くの「体験記録」「学習のまとめ」「○○学期を振り返って」「将来の夢」等々を子どもたちに書かせ、自らもコメントを書き、一定期間保存させ、その後返却し、行方知らずになってきたことか。これでは、もったいない。

     「○○学期を振り返って」……これって、ちょっとだけ書式を変えれば、「キャリア・パスポート」に収められるじゃん。「一年間を振り返る」「次年度に向けて」…このシートも、ちょっとだけ書式を変えれば、「キャリア・パスポート」用のシートになる。なんだ、今まで子どもたちとやりとりしてきた諸々を一旦「棚卸し」して、見直してみたら、完全に新規の「キャリア・パスポート」用シートってそんなに多くないなぁ。

     中1の担任。これまでは、調査書と小学校の先生方からの口コミを頼りに学級開きをしてきたけど、「キャリア・パスポート」があると、入学式の段階から子どもたちが違って見える。この子は、「二分の一成人式」の時には消防士になりたくて、小学校の卒業作文では救急救命士に憧れてるんだったなぁ。そういえば、「中学校への期待や不安」で、うちのクラスの子たちは、口を揃えて「先輩が厳しそう」って書いていたな。実際は全然違うんだけどなぁ。今年度は、異学年交流イベントを前倒しで企画しようかな。

     中3の担任。この子の親、「将来については本人に任せてます」一本槍だけど、小2の最後のコメントは「おとうとやいもうとにやさしい○○。どうぶつにもやさしい○○。きんじょのおばあちゃんにもやさしい○○。○○のことがお母さんは大好きです。」だったなぁ。小4の時には「お母さんが病気でねているときに、たくさん助けてくれてありがとう。」って書いてある。この子の対人親和性の高さを見抜いているはずなんだけどな。次の保護者面談で話題にしてみよう。

     高1の担任。これまでは、調査書以外に手がかりもなかったけど、「キャリア・パスポート」があると、入学式の段階から子どもたちが違って見える。この子は、「二分の一成人式」の時には消防士になりたくて、小学校の卒業作文では救急救命士に憧れて、中学校の職場体験活動では保育所にいって、卒業段階では公務員になりたいだったな。最初の個人面談で「公務員ってどんな仕事だと思う?」ってきいたら、何て答えるかな。人の命に関わる仕事への憧れはどうなってるのかな。
     そういえば、小学校の先生のコメント力ってすごいなぁ。「これからも頑張ろう」「この調子でいこう」で終わりじゃないもんなぁ。高校生だって、これだけ丁寧にコメントされたらうれしいかもな。

    ◆「キャリア・パスポート」は保護者にとって“お得”です◆

     小学校から高校まで、これまでどれほど多くの「体験記録」「○○学期を振り返って」「将来の夢」等々の保護者コメント欄を埋めてきたことか。でも結局は、全部、行方知らず。これでは、もったいない。

     小1の時の「鏡文字」。しかも、欄からはみ出てる。小3では、もう鏡文字がない。小5では、欄の中に複数の行にわたって自分の気持ちを書いている。いつもしかってばかりだけど、この子もちゃんと成長しているんだなぁ。他の子と比べてどうだとか、そんなことよりも大切なことを今まで見落としてきたかも。

     確かに、中学校に入ってからは、何を言っても「別に」「うるさい」しか言わないから、ついついこっちも没交渉になってしまう。でも、こうして、小学校の時の「キャリア・パスポート」の保護者欄に自分で書いたコメントを見ると、「そうだ。この子にはこんないいところがあったなぁ」と思い返すことができる。「キャリア・パスポート」を久しぶりに読み返した日は、ちょっとだけ子どもにやさしく接することができている気がする。

     うちでは「別に」しか言わないけど、三者面談でみた「キャリア・パスポート」には、高校卒業後の将来について自分自身の考えが定まらないことが辛いって書いてあった。そういえば、自分も高校の時、同じ気持ちだったなぁ。「応援してるからな」って付箋に書いて、弁当箱にでも貼っておこうか。昼飯の時、あいつ、どんな顔をするかな。


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