前回の「よもやま話」では、「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」による最終報告書『Society 5.0に向けた大学教育と採用に関する考え方』(2020年3月31日)が示した10年後の雇用の在り方に注目するとともに、本報告書が、「最終的な専門分野が文系・理系であることを問わず、リテラシー、論理的思考力と規範的判断力、課題発見・解決能力、未来社会の構想・設計力、高度専門職に必要な知識・能力が求められ、(中略)これらの教育は、高等教育からではなく、初等中等教育段階から始める必要がある」(p.6)と指摘したことをご紹介しました。
今後、活用がさらに拡がることが予想される「ジョブ型」の雇用に対応し得る専門的知識・技能と共に、社会的な変化に伴って変容する「職業の世界」において生み出される“今は存在しないような仕事”を含め、どのような仕事をする上でも必要となる汎用的な力の育成が求められているのです。これらの力と、キャリア教育を通して育成することが期待されている「基礎的・汎用的能力」との間に重なる部分がとても大きく、それ自体極めて重要な特質なのですが、ここで「そもそも、基礎的・汎用的能力とは……」などと書き始めると長くなりそうですのでやめておきますね。(気になる方は、「よもやま話・第22話 遅ればせながら…『基礎的・汎用的能力』って何?(2017年6月17日)」あたりをご覧いただけましたら幸いです。)
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で、今回は、誰にでも必要となる汎用性の高い力の育成が、国際的にも主要な教育課題の一つとされていることに改めて注目したいと思います。
ここで“改めて”注目すると書いた理由は、極めてシンプルです。今後の急速な社会的な変容を前提とした汎用的な力を重視する動向は、今から20年以上も前から始まっていたからです。
例えば、OECDが1990年代末に実施した「能力の定義と選択(DeSeCo)」プロジェクトの成果「キー・コンピテンシー」は典型例ですし、それに先駆けて日本の中央教育審議会が「我々はこれからの子供たちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性であると考えた。たくましく生きるための健康や体力が不可欠であることは言うまでもない」として提示した「生きる力」(1996年)なども重要な例ですね。その後、OECDの「キー・コンピテンシー」は、先進国を中心に大きな影響力を発揮し、EU諸国はもとより、オーストラリアやニュージーランドなどでも、自国化(ローカライゼーション)のプロセスを経つつ採用されていきました。一方、国際団体ATC21s(Assessment
and Teaching of 21st Century Skills)が提示した「21世紀型スキル」などにも注目が集まったことを記憶されている方も少なくないでしょう。アメリカでは「キー・コンピテンシー」よりも「21世紀型スキル」のほうが広く知られている感じです。……とは言え、両者は大きく重なる領域をもつ概念ですから、何らかの論争点や対立構図が成立しているわけではありません。
近年では、CCR(Center for Curriculum Redesign)が、「知識」「スキル」「人間性」「メタ認知(メタ学習)」の4領域を「Four-Dimensional
Education:The Competencies Learners Need to Succeed」として発表し、学習の転移(transfer=身につけたものを未知の状況へ適用し、学びを人生や社会に生かすこと)こそが今後さらに重要となると提示したことなどにも関心が集まっています。(「よもやま話・第28話 世界的に問い直される『学びの本質的な意義』(2017年10月29日)」にも、このあたりのことをちょこっとまとめています。)
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……やっと本題ですが、皆様は、OECDによる「Education 2030」というプロジェクトの存在をご存じですか? 今回注目するのは、本プロジェクトが提示した資質・能力です。
このプロジェクトは、OECDが自ら提示した「キー・コンピテンシー」のいわばアップデートを図る目的で2015年に立ち上げられました。日本からも文部科学省が組織した有識者等のグループが参画しています。2018年には中間報告書とも言うべき冊子The Future of Education and Skills: Education 2030が公表され(日本語訳「教育とスキルの未来:Education 2030【仮訳(案)】」もOECDの公式サイトからダウンロード可能です。…以下、独り言ですが、ワープロの打ちっぱなしメモものような原稿を世界に向けて発信するのはいかがなものかと思います。予算がなくても、また仮訳であっても、せめてタイトルや見出しはフォントを変えてサイズも大きくするとか、本文もインデントや行間調整を加えて見やすくするとか、何かできたはずです。発信するということは、読み手を想定するということですから、読みやすさとか、訴求力とかを一切無視して良いということではないと思うのですが、如何でしょうか。)、そして昨年(2019年)には、今後の社会に参画して生きる上で必要な力を構造的に示した「学びの羅針盤 2030(Learning Compass
2030)」が発表されました。
この「学びの羅針盤」の説明のためにOECDが開設したウェブサイトが本当に見やすく、分かりやすいので是非一度ご覧ください。(内容については様々な捉え方があると思いますが、動画の作り込み方、各概念の説明リーフレットの分量やデザインなどはとても「いい感じ」です。ところどころに「Also
available in Japanese」というリンクもありますよ!……でも、なぜか、あいかわらず、ほぼワープロ・ベタ打ち同様ですが。)
・The OECD Learning Compass 2030
詳細については、上記のウェブサイトを直接見ていただいたほうが良いと思いますので、ここでは、文字通りのエッセンスだけをご紹介しましょう。
■学びの中核的な基盤
その構成要素=
知識(Knowledge)
技能(Skills)
態度と価値観(Attitudes and Values)
具体的に基盤となるもの(Core Foundations)=
読み書き能力などのリテラシー
(cognitive foundations)
心身の健康管理をする力
(health foundations)
社会情動的スキルや倫理観・道徳観
(social and emotional foundations)
■自らの人生を築く上で必要な「目標を設定する力」=羅針盤を使いこなすための力=
「生徒エージェンシー(Student Agency)」
変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をとる能力。
働きかけられるというよりも自らが働きかけることであり、
型にはめ込まれるというよりも自ら型を作ることであり、
他人の判断や選択に左右されるというよりも責任を持った判断や選択を行うことを指す。
■社会は自分たちの手でより良く変えることができると信じ、未来を形成するために必要な力(Transformative Competencies)=
新たな価値を創造する力(Creating new value)
対立やジレンマに対処する力(Reconciling tensions and dilemmas)
責任ある行動をとる力(Taking responsibility)
■PDCAサイクル(AARサイクル)
学習の見通し(Anticipation)・行動(実践Ation)・振り返り (Reflection)
AARサイクルを確立しつつ継続して学び、自らの考えを改善していく
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これはすなわち、一人一人の児童生徒が、「生きる力」を基盤とし、「基礎的・汎用的能力」を高め、より良い社会を構築できることを目指して、各々が自らの学びのプロセスをメタ認知すること通して改善を図りつつ成長できるような指導・支援・環境を提供しよう、と言っていることとほぼ同じ……と捉えてしまうのは、キャリア教育フリークの僕だけでしょうか。
無論、OECDによる「学びの羅針盤 2030」が提示するもののすべてをキャリア教育が網羅すると断言することには無理があるにせよ、「学びの羅針盤 2030」が目指す資質能力の相当部分が「基礎的・汎用的能力」と重複していること自体は事実であると言ってよさそうです。
今年2月の「よもやま話・第54話」以来、“ナントカの一つ覚え”を繰り返すようで恐縮ですが、キャリア教育の出番は「今」だと思います。新型コロナウイルスの感染拡大が思うように抑止できず先の見通しがききにくい今だからこそ、さらに、世界的に見れば未曾有とも言えるほどに感染が拡大し、経済も雇用も日々の生活自体の在り方もかつてないほどの変容を迫られている今だからこそ、キャリア教育を通して、社会は自分たちの手でより良く変えることができると信じ未来を形成するために必要な力を高め、自らの人生を築いていこうする若者たちを育成する必要があるのではないかと考えます。
【第57話】続:「今、ここ」でのキャリア教育(2020年6月14日)
【第56話】「今、ここ」でのキャリア教育(2020年5月16日)
【第55話】ロールモデル(2020年4月11日)
【第54話】キャリア教育の出番です(2020年2月1日)
【第53話】係活動・当番活動(2020年1月11日)
【第52話】新学習指導要領の前文を改めて読む(2019年12月26日)
【第51話】PISA2018の結果第一報によせて(2019年12月3日)
【第50話】「キャリア・パスポート」は “お荷物”か?(2019年10月13日)
【第49話】たまには遠くを見てみよう(2019年8月13日)
【第48話】世界は動いている(2019年6月29日)
【第47話】日本版パパ・クオータ制、創設か!?(2019年5月26日)
【第46話】変わりゆく日本型雇用(2019年4月28日)
【第45話】「キャリア・パスポート」例示資料等の発出によせて(2019年4月4日)
【第44話】やっぱり英語は必要だ!(2019年3月13日)
【第43話】キャリア教育とジョン・デューイの「オキュペーション」(2019年2月9日)
【第42話】マハトマ・ガンディー生誕150周年に寄せて(2018年12月23日)
【第41話】書けない・書かないキャリア・パスポートをどうするか(2018年11月17日)
【第40話】教科を通したキャリア教育は難しい?―その3―(2018年9月24日)
【第39話】「主体的・対話的で深い学び」とキャリア教育(2018年8月12日)
【第38話】大学入学共通テストの方向性が示すもの(2018年7月8日)
【第37話】「キャリア教育の要」って、結局、何をどうするの?(2018年6月2日)
【第36話】教科を通したキャリア教育は難しい?―その2―(2018年5月6日)
【第35話】「教員が対話的に関わること」の意味(2018年4月11日)
【第34話】AI時代に求められる力(2018年3月11日)
【第33話】未来は「怖い」か「楽しみ」か(2018年1月27日)
【第32話】テレビドラマが映し出すもの(2018年1月21日)
【第31話】年の瀬の大風呂敷(2017年12月28日)
【第30話】働くって、何だろう?(2017年11月25日)
【第29話】キャリア・プランニングはナンセンス?(2017年11月5日)
【第28話】世界的に問い直される「学びの本質的な意義」(2017年10月29日)
【第27話】世界的潮流としての「教科を通したキャリア教育」の実践(2017年10月1日)
【第26話】「キャリア・パスポート」がやってくる!?(2017年9月10日)
【第25話】他山の石(?)としての1970年代のアメリカにおける実践(2017年8月27日)
【第24話】将来(おそらく)使わないものを勉強する理由 (2017年8月6日)
【第23話】「青い鳥」が住むところ (2017年7月1日)
【第22話】遅ればせながら…「基礎的・汎用的能力」って何?(2017年6月17日)
【第21話】「基礎的・汎用的能力消滅論(!?)」を検証する(2017年6月4日)
【第20話】キャリア教育の「要」としての特別活動(2017年4月23日)
【第19話】アントレプレナーシップって何だ?(2017年4月9日)
【第18話】子供たちの変容・成長をどう評価するか(2017年3月26日)
【第17話】就学前~小学校低学年の子供へのアプローチ(2017年3月11日)
【第16話】小学校・中学校の次期学習指導要領案を読む(2017年2月26日)
【第15話】小学校におけるキャリア教育の豊かな可能性(2017年2月12日)
【第14話】キャリア教育の18年の歩みを振り返る(2017年1月29日)
【第13話】今、高校3年生に伝えたいこと(2017年1月15日)
【第12話】中教審答申がキャリア教育に期待するもの(2016年12月29日)
【第11話】職場体験活動再考(2016年12月18日)
【番外編】PISA2015の結果が公表されました(2016年12月6日)
【第10話】強者の論理(2016年11月30日)
【第9話】学びの先にあるもの(2016年11月14日)
【第8話】キャリア教育と進路指導(2016年10月29日)
【第7話】五郎丸さん(2016年10月14日)
【第6話】「お花畑系キャリア教育」は言われるほど多いか?(2016年10月1日)
【第5話】金太郎飴(2016年9月18日)
【第4話】カリキュラム・マネジメントと「SMART」な目標設定 (2016年9月4日)
【第3話】キャリア教育とPDCAサイクル (2016年8月17日)
【第2話】教科を通したキャリア教育は難しい? (2016年8月2日)
【第1話】職業興味検査は使い方が肝心 (2016年7月31日)