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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第58話 OECD「Learning Compass 2030」が求める力(2020年7月12日)

  •  前回の「よもやま話」では、「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」による最終報告書『Society 5.0に向けた大学教育と採用に関する考え方』(2020年3月31日)が示した10年後の雇用の在り方に注目するとともに、本報告書が、「最終的な専門分野が文系・理系であることを問わず、リテラシー、論理的思考力と規範的判断力、課題発見・解決能力、未来社会の構想・設計力、高度専門職に必要な知識・能力が求められ、(中略)これらの教育は、高等教育からではなく、初等中等教育段階から始める必要がある」(p.6)と指摘したことをご紹介しました。

     今後、活用がさらに拡がることが予想される「ジョブ型」の雇用に対応し得る専門的知識・技能と共に、社会的な変化に伴って変容する「職業の世界」において生み出される“今は存在しないような仕事”を含め、どのような仕事をする上でも必要となる汎用的な力の育成が求められているのです。これらの力と、キャリア教育を通して育成することが期待されている「基礎的・汎用的能力」との間に重なる部分がとても大きく、それ自体極めて重要な特質なのですが、ここで「そもそも、基礎的・汎用的能力とは……」などと書き始めると長くなりそうですのでやめておきますね。(気になる方は、「よもやま話・第22話 遅ればせながら…『基礎的・汎用的能力』って何?(2017年6月17日)」あたりをご覧いただけましたら幸いです。)


     で、今回は、誰にでも必要となる汎用性の高い力の育成が、国際的にも主要な教育課題の一つとされていることに改めて注目したいと思います。

     ここで“改めて”注目すると書いた理由は、極めてシンプルです。今後の急速な社会的な変容を前提とした汎用的な力を重視する動向は、今から20年以上も前から始まっていたからです。

     例えば、OECDが1990年代末に実施した「能力の定義と選択(DeSeCo)」プロジェクトの成果「キー・コンピテンシー」は典型例ですし、それに先駆けて日本の中央教育審議会が「我々はこれからの子供たちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性であると考えた。たくましく生きるための健康や体力が不可欠であることは言うまでもない」として提示した「生きる力」(1996年)なども重要な例ですね。その後、OECDの「キー・コンピテンシー」は、先進国を中心に大きな影響力を発揮し、EU諸国はもとより、オーストラリアやニュージーランドなどでも、自国化(ローカライゼーション)のプロセスを経つつ採用されていきました。一方、国際団体ATC21s(Assessment and Teaching of 21st Century Skills)が提示した「21世紀型スキル」などにも注目が集まったことを記憶されている方も少なくないでしょう。アメリカでは「キー・コンピテンシー」よりも「21世紀型スキル」のほうが広く知られている感じです。……とは言え、両者は大きく重なる領域をもつ概念ですから、何らかの論争点や対立構図が成立しているわけではありません。

     近年では、CCR(Center for Curriculum Redesign)が、「知識」「スキル」「人間性」「メタ認知(メタ学習)」の4領域を「Four-Dimensional Education:The Competencies Learners Need to Succeed」として発表し、学習の転移(transfer=身につけたものを未知の状況へ適用し、学びを人生や社会に生かすこと)こそが今後さらに重要となると提示したことなどにも関心が集まっています。(「よもやま話・第28話 世界的に問い直される『学びの本質的な意義』(2017年10月29日)」にも、このあたりのことをちょこっとまとめています。)


     ……やっと本題ですが、皆様は、OECDによる「Education 2030」というプロジェクトの存在をご存じですか? 今回注目するのは、本プロジェクトが提示した資質・能力です。

     このプロジェクトは、OECDが自ら提示した「キー・コンピテンシー」のいわばアップデートを図る目的で2015年に立ち上げられました。日本からも文部科学省が組織した有識者等のグループが参画しています。2018年には中間報告書とも言うべき冊子The Future of Education and Skills: Education 2030が公表され(日本語訳「教育とスキルの未来:Education 2030【仮訳(案)】」もOECDの公式サイトからダウンロード可能です。…以下、独り言ですが、ワープロの打ちっぱなしメモものような原稿を世界に向けて発信するのはいかがなものかと思います。予算がなくても、また仮訳であっても、せめてタイトルや見出しはフォントを変えてサイズも大きくするとか、本文もインデントや行間調整を加えて見やすくするとか、何かできたはずです。発信するということは、読み手を想定するということですから、読みやすさとか、訴求力とかを一切無視して良いということではないと思うのですが、如何でしょうか。)、そして昨年(2019年)には、今後の社会に参画して生きる上で必要な力を構造的に示した「学びの羅針盤 2030(Learning Compass 2030)」が発表されました。

     この「学びの羅針盤」の説明のためにOECDが開設したウェブサイトが本当に見やすく、分かりやすいので是非一度ご覧ください。(内容については様々な捉え方があると思いますが、動画の作り込み方、各概念の説明リーフレットの分量やデザインなどはとても「いい感じ」です。ところどころに「Also available in Japanese」というリンクもありますよ!……でも、なぜか、あいかわらず、ほぼワープロ・ベタ打ち同様ですが。
    The OECD Learning Compass 2030

     詳細については、上記のウェブサイトを直接見ていただいたほうが良いと思いますので、ここでは、文字通りのエッセンスだけをご紹介しましょう。

    ■学びの中核的な基盤
    その構成要素=
      知識(Knowledge)
      技能(Skills)
      態度と価値観(Attitudes and Values)
    具体的に基盤となるもの(Core Foundations)=
      読み書き能力などのリテラシー
        (cognitive foundations)
      心身の健康管理をする力
        (health foundations)
      社会情動的スキルや倫理観・道徳観
        (social and emotional foundations) 


    ■自らの人生を築く上で必要な「目標を設定する力」=羅針盤を使いこなすための力=
      「生徒エージェンシー(Student Agency)」
       変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をとる能力。
       働きかけられるというよりも自らが働きかけることであり、
       型にはめ込まれるというよりも自ら型を作ることであり、
       他人の判断や選択に左右されるというよりも責任を持った判断や選択を行うことを指す。

    ■社会は自分たちの手でより良く変えることができると信じ、未来を形成するために必要な力(Transformative Competencies)=
       新たな価値を創造する力(Creating new value)
       対立やジレンマに対処する力(Reconciling tensions and dilemmas)
       責任ある行動をとる力(Taking responsibility)

    ■PDCAサイクル(AARサイクル)
       学習の見通し(Anticipation)・行動(実践Ation)・振り返り (Reflection)
       AARサイクルを確立しつつ継続して学び、自らの考えを改善していく


     これはすなわち、一人一人の児童生徒が、「生きる力」を基盤とし、「基礎的・汎用的能力」を高め、より良い社会を構築できることを目指して、各々が自らの学びのプロセスをメタ認知すること通して改善を図りつつ成長できるような指導・支援・環境を提供しよう、と言っていることとほぼ同じ……と捉えてしまうのは、キャリア教育フリークの僕だけでしょうか。

     無論、OECDによる「学びの羅針盤 2030」が提示するもののすべてをキャリア教育が網羅すると断言することには無理があるにせよ、「学びの羅針盤 2030」が目指す資質能力の相当部分が「基礎的・汎用的能力」と重複していること自体は事実であると言ってよさそうです。

     今年2月の「よもやま話・第54話」以来、“ナントカの一つ覚え”を繰り返すようで恐縮ですが、キャリア教育の出番は「今」だと思います。新型コロナウイルスの感染拡大が思うように抑止できず先の見通しがききにくい今だからこそ、さらに、世界的に見れば未曾有とも言えるほどに感染が拡大し、経済も雇用も日々の生活自体の在り方もかつてないほどの変容を迫られている今だからこそ、キャリア教育を通して、社会は自分たちの手でより良く変えることができると信じ未来を形成するために必要な力を高め、自らの人生を築いていこうする若者たちを育成する必要があるのではないかと考えます。


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藤田晃之

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