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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第59話 ないないづくし(2020年8月23日+2021年6月2日)

  •  皆様、大変ご無沙汰をいたしておりました。第58話掲載後の11ヶ月近くの間に、複数の方々から体調を気遣ってくださるメールやお電話も賜りました。ご心配をおかけいたしましたことをどうかお許しください。

     これほど長く「よもやま話」をお休みしてしまった理由を全部ご説明していると、居酒屋に長居をする酔っ払いの独り言のようになることが確実ですので割愛いたしますが、ひとつだけ、お伝え申し上げます。(多くの皆様がご存じのことと拝察いたしますが、改めてここにご報告します。)

     2020年10月29日、日本の進路指導・キャリア教育分野の研究と実践を、長きにわたって牽引してこられた仙崎武先生が他界されました。

     ご葬儀や告別式などはご本人のご遺志によりお身内のみで執り行われ、奥様からご訃報をお伺いすると同時にご遺影に接することとなったのは、その数日後のことでした。

     30年以上にわたって公私ともにご指導を賜ってきた仙崎武先生が天に召されたという現実に向き合い、それを受け入れることは、私にとって極めて困難なことでした。「進路指導」「キャリア教育」という文字を目にするたびに仙崎先生のお顔やお声が思い出され、それらに関連することを自ら書こうとしてもまともな文章になりませんでした。この「よもやま話」も幾度となく書き始めてみたのですが、仙崎先生のご逝去について触れずにおくという方針は到底選べず、その一方で、それに触れようとすると何も書けないという現実に直面し、結局は放置することを繰り返すしかありませんでした。

     2020年の夏以降10月中旬までは、日本キャリア教育学会第42回研究大会のホスト校としての諸準備に時間がとられ、この「よもやま話」に限らず、“to doリスト”上の様々な項目が後回しになっていたのですが、仙崎先生が旅立たれた後は、自分でも信じられないほど、キャリア教育に関する事柄に自ら進んで関わることが重荷に感じられ、「よもやま話」についても更新できていないという事実に焦りを感じつつ、そこから抜け出す方法すら思い浮かびませんでした。

     無論、人は誰しも限りある命を授かって生まれてきています。仙崎先生は94歳の天寿を全うされて旅立たれたのですから、その日が来ることを全く予測していなかったと言えば嘘になります。残された者にできることは、ご逝去を悲しむことではなく、仙崎先生からいただいた学恩に報いるにふさわしい研究を進めることですし、それ以外にありません。

     このようなことは頭ではわかっていたつもりなのですが、自分の身体や思考をうまく制御できない状況が続きました。

     2019年の夏に、大学・大学院在籍時から直接ご指導をいただいてきた恩師である桑原敏明先生が旅立たれ、2020年6月には様々な仕事をご一緒させていただいてきた川崎友嗣先生が永眠されました。私にとって、とても大切な方々がこの世を去って行ってしまわれたことも、大きく影響していたのかもしれません。

     2021年の年明けを機に「よもやま話」を再開しよう。2021年4月の新年度スタートに合わせて再開だ。……と決意し、それらを宣言してはみたものの、結局はうまくいかずに今日まで来てしまった次第です。

     でも、今度こそ、再スタートできそうな気がします。

     4月の半ばから、細々と更新を続けることができたトップページの写真たち、具体的には、そこに登場してくれた雑草の花たちがそれぞれの命を謳歌している姿から、少しずつ元気を分けてもらえたのかもしれないなぁと思います。これから再び、最近巡り会ったこと、出会った人などからふと浮かんだ事柄を、肩肘張らず、背伸びもせずに小声でつぶやいて参ります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

    ◇ ◇ ◇

     
     私のパソコンのハードディスクには、「よもやま話」再開に向けた書きかけの短いメモがいくつも保存されています。その中でも、一番日付が古く、最も文字数が多かったのが、2020年8月23日付の「ないないづくし」です。以下、その尻切れトンボのメモを原文のまま引用し、その後、1年近く前の自分の思考を思い出しながら続きを書いてみます。冒頭部分は、昨年、夏の盛りを過ぎた時期に書いたものですので、6月初旬のこの時期にお読みいただく内容としてふさわしくないのですが、事情ご賢察の上、どうかお許しください。

    ◇ ◇ ◇

     
    第59話 ないないづくし(2020年8月23日)

     大幅に短縮された夏休みを終えて、すでに授業を再開された学校も少なくないことと存じます。新型コロナウイルスの感染拡大によって新年度のスタートが大きく遅れ、その遅れを取り戻すために夏休みは短縮せざるを得ない。理屈はその通りですが、子供たちのみならず、先生方にとっても苦しい状況です。

     第一、授業をする以前の問題として、換気の徹底・身体的距離の確保・マスクやフェイスシールドの着用・手洗いなどの手指衛生やうがいの徹底・消毒を含む清掃作業の厳格化等々、留意すべき点や指導すべき点が山ほどある。そして、身体的距離が確保しにくい教育活動の在り方は抜本的に再検討しなくてはならず、安全を優先しようとすれば、その中止(取りやめ)も余儀なくされる。加えて、教育機関における感染クラスターの発生がテレビ等で報道されるたびに、「次は、うちの学校かもしれない」と不安になっていらっしゃる先生方も少なくないと推察いたします。

     当然のことながら、キャリア教育の実践にも大きな影響が及んでいます。例えば、職場体験活動やインターンシップ、運動会や体育祭、合唱祭、校外でのボランティア活動、社会人講話、修学旅行……キャリア教育の中でも「メインイベント」級の行事が軒並み取りやめになっている学校は少なくありません。無論、授業時間の確保の観点からも、感染拡大抑止の観点からも、今年度に限ってはやむを得ない措置です。けれども、これまでキャリア教育の主軸と見なされてきた行事が欠落してしまっただけではなく、その前後に配されて系統性のあるキャリア教育の“背骨”の役割を担っていた諸行事まで消失し、その学校のキャリア教育がもはや「ないないづくし」と言っても良いほどの状況にまで追い込まれているケースは珍しくないのです。

     では、このような状況に直面した学校に残されている方策は、「悪いのは新型コロナウイルスだから、誰も責められない。今年度は仕方ない。」と諦めることだけでしょうか。

     私はまったくそう思いません。ピンチはチャンス。新型コロナウイルスの感染抑止がうまくいかない状況下であるからこそできること、あるいは、こういう状況であってもできることがたくさん残されていると確信します。

     もちろん、ただでさえウイルス感染から子供たちを守るための業務が増え、多忙な日々にあえいでいらっしゃる先生方に対して、「まだまだできる」「弱音を吐いてる暇があったら手を動かせ」と無理難題を押しつけるつもりは微塵もありません。

     けれども、「あぁ、どうしたらいいだろう」「何をしたらこの子たちのためになるだろう」と悩まれている先生方もたくさんいらっしゃいます。次に申し上げることのほんの一部であっても、そんな先生方のお役に立つことが混じっていることを祈りつつ今回の「よもやま話」をお届けします。

     
    第59話 ないないづくし[の続き](2021年6月2日)

     職場体験活動やインターンシップ、校外でのボランティア活動、社会人講話など、地域社会の現実に接する体験型の学習機会を設けることが困難な状況は、2021年度に入ってからも改善されないままです。むしろ、アルファ株(英国株)やデルタ株(インド株)などの変異型ウイルスの市中感染やクラスターの発生が報じられ、このような体験型の学習の実践は更に困難となっているとも言えるでしょう。

     けれども、人と人とが直接接触する機会を大幅に制限する動向は、学校教育に限ったことではありません。テレワークが推奨され、自宅等から勤務先のネットワークにアクセスしたり、クラウド上のデータを部局内で共有して仕事を進めたり、テレビ会議システムを活用してミーティングを行ったりすることは、全く珍しくない状況を迎えています。

     キャリア教育の実践の一環として今求められているのは、まさにこれらを体験させていただくことではないでしょうか。

     もちろん、現在の新型コロナウイルスの感染状況を踏まえれば、職場に直接お邪魔することはできません。けれども、テレビ会議システムを通して、事業所の社屋内にいるAさんにご担当の業務概要や事業所の様子をご紹介いただき、その途中に、営業のため外回りをしているBさんや、自宅でテレワークをしているCさんにも一時的に加わっていただくことは可能かもしれませんよね。そして、Bさん・Cさんに「いつもこうして連絡を取り合っているんですよ」と説明していただくだけで、生徒たちは“職場のリアル”の一部を体験していることになります。また、ある程度規模の大きな企業であれば、校区内の営業所と、別の地域にある営業所をつないで、ご協力いただくことも可能となるでしょう。この場合の「別の地域」は、同一の都道府県内とは限りませんし、日本国内とも限りません。ICT機器の活用によって、物理的な距離を問わずに業務効率化が図れるという事実の一端を、生徒たちは肌で感じるでしょう。

     このようなオンラインによる体験型学習には、実施困難な職場体験活動やインターンシップの次善策という側面があることは否定できません。けれども、このような形態こそが「今の職場のリアルな一面」でもあることを私たちは再認識すべきではないでしょうか。そしてテレワークは、現在のコロナ禍が終息した後も仕事のスタイルの一部として残り、一定程度定着化する可能性は高いと予測します。仮にそうであるとすれば、このような体験型の学習の在り方を模索し、より良いものとするための工夫をすることは、今後の新たな体験型のキャリア教育実践を創造することであると言えるように思います。

     繰り返しとなりますが、このような体験を、職場の匂いや温度、仕事中のプロ集団が放つ緊張感などを全身で感じつつ実際の職務の一部を実体験できる職場体験活動・インターンシップと同等のものとして安易に位置づけることはできません。けれども同時に、テレワークの一般化や職場におけるテレビ会議の普及などに対応した体験型学習の望ましい在り方を追究する価値は極めて高いと考えます。皆様はどのようにお感じになりますか?

    ◇  


      無論、現在の新型コロナウイルス感染拡大抑制のための諸施策下において、このようなテレワーク型の対応自体が困難であり、業務そのものの存続が危機に瀕している業種や業態も少なくないという現実に目を向けることも重要です。そのような状況においても、知恵を絞り、試行錯誤を重ね、助け合って、どうにか苦境を乗り越えていこうとしている方々がたくさんいらっしゃるわけです。

     そのような方々にテレビ会議システムを通してお話をいただき、質疑応答をする中で、子供たちは、職業人の矜持と創造力と底力に触れることになります。とりわけ高校生であれば、事前に、生活と雇用を支えるための支援制度――例えば、各種の融資制度の他、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金や雇用調整助成金など――の現状と課題について調べ、質疑応答の段階でストレートな質問を投げかけることも重要な学びに結びつくでしょう。救済支援のための諸制度の設計上・運用上の脆弱性や問題点を理解し、一市民として何をすべきかを考えることもまた、高校生にとって必要なキャリア教育実践であることは改めて申し上げるまでもありません。これまで、中学校・高等学校におけるキャリア教育では、「将来起こり得る人生上の諸リスク」について必ずしも十分には扱われてきませんでした。社会全体が大きなリスクに直面している今日の状況においてこそ伝えるべきこと、伝えられることがあるように思います。


     更にまた、このようなICT機器を活用した教育活動においては、従来型の教育活動よりも高頻度でトラブルが発生しがちですが、このような突発的トラブルに対して、先生方が臨機応変に協力しながら対応し、場合によっては悪戦苦闘する様子を子供たちに見せざるを得ないことそれ自体も、貴重なキャリア教育の機会であると確信します。

     困っている人がいたら助けの手を差し伸べる。自分で努力しても解決できないことは調べてみる。それでも解決しそうもなければ誰かに尋ね、助けを求める。一人ではできないことでも、みんなで知恵を出し合えば解決することが少なくない。……釈迦に説法で申し訳ありませんが、これらはすべて、キャリア教育を通して向上させることが期待されている「人間関係形成能力」や「課題対応能力」に直接関わることです。これらについて、適切な機会を捉え「大切なんだよ」「重要だよ」等々と説明することは必要ですが、何より説得力をもつのは、そのような行為を実際にしている“生の大人の姿”を見せ、そのように振る舞うことが現実の社会で“生きて働く”瞬間に立ち会わせることではないでしょうか。まさに、百聞は一見にしかず、です。

     「GIGAスクール構想」の具体化により各学校におけるICT機器は一層充実し、それらを活用する機会も急速に増えるでしょう。このような状況にあって、当面の間の初期トラブルは付きものですし、その後も全ての不具合の発生を未然に防ぐことはできません。

     困ったときに力を合わせて問題を解決しようとすることができる――生きていく上で不可欠な資質能力の一つですが、この重要性を「言って聞かせ」るだけにとどまらず、「やってみせ」ることができる機会の一つが、ICT機器を活用した教育実践の突発的トラブル対応の場面かもしれませんね。

     言うまでもないことですが、トラブルが解消されたら当該授業等の実践に速やかに戻ることが鉄則です。その場で、「困ったときに力を合わせて問題を解決しようとすることができる」ことの汎用性の説明をしているような時間的余裕は当然ありません。でも、その日の「帰りの会」や「夕方のショートホームルーム」の機会、あるいは、その週の「学級活動」や「ホームルーム活動」の機会には、先生方が臨機応変に協力してトラブルを解消したエピソードを振り返りながら、「困ったときに力を合わせて問題を解決しようとすることができる」って、君たちにとっても大切なことだよね、と是非伝えていただきたいと思います。

     ……こうして具体例を挙げていると、きりがありませんね。今回は、この辺でやめておきます。

     今回の「よもやま話」では、職場体験活動やインターンシップなどを典型とする体験型のキャリア教育実践を断念せざるを得ないことを前提として、ICT機器の活用に焦点を絞ってあれこれお話してきたわけですが、Zoom、Webex、Teams、Google Meetなどのテレビ会議システムの普及スピードには改めて驚かされますね。私自身、今では何の抵抗感も違和感もなくそれらを使っていますが、新型コロナウイルスの脅威に直面するまでは、そのような機器をこれほど使う日常などは想像もしていませんでした。けれども、物理的な距離を全く気にせず集まって、それぞれの顔を見ながら話ができ、ファイル内容を画面で確認することも、議論しながらその修正作業をすることも、できあがったファイルをその場で共有することもできる……改めて考えてみれば、極めて高い利便性です。

     そして、このような「便利な道具」を使いこなす方法は、今後、ますます容易になるよう様々な工夫が重ねられていくでしょう。また、その機能自体も高度になって、一層便利で快適な道具として進化を遂げるはずです。

     まずは、このような機器が「職場での当たり前」になろうとしている現実を視野に収め、それぞれの「学校での当たり前」との隔たりをできるだけ無くしていくことが必要だと思います。無論、どのような道具であれ正負の側面があり、使い方を誤れば弊害も生じます。それらを踏まえた上で、キャリア教育の一環として「職場での当たり前」を体験する機会を設定することが大切なのではないでしょうか。

     同時に、このような機器の導入によってでは本質的に改善できない問題も山ほどある、という現実と、そのような難題に直面してもなお、諦めずに考えて、挑戦して活路を見いだしている職業人がたくさんいるという事実にも是非目を向けていただきたいと思います。つい、1~2年ほど前まで、AI(人工知能)やロボットなどの高度技術の開発が進む中で人間ができることとは何か?、という議論が盛んだった時期がありました。その際、多くの論者の指摘は、「物事の本質を問うこと」「価値判断をすること」「新たなものやサービスを創造すること」「他者の気持ちを推し量り、汲み取ること」「他者に共感し、他者を慈しむこと」などに集約されていたと思います。現在、宿泊業・飲食サービス業・生活関連サービス業・娯楽業などを典型とした産業分野に携わる皆さんが日々努力されていることは、まさに、これからの時代を生きる人間のあるべき姿を体現するものであると考えます。このような「大人の頑張る姿」から、子供たちが学び取れるものは数多くあります。


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藤田晃之

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