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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第60話 「生涯にわたる学習とのつながり」を見通すことの意味(2021年7月23日)

  •  本日7月23日は、東京オリンピック開会式の日。新型コロナウイルス感染症の世界的流行によって1年間延期され、やっと迎えた式典の日です。それでもなお、日本国内では感染が抑止されている状態では全くなく、また、この数日間、耳を疑うような経緯によって東京オリンピック・パラリンピック組織委員会で重要な役割を担ってきた方々の辞任や解任が発表されるなど、日本国中で祝祭感や高揚感が広く共有されているとは言えない状況です。

     でも、オリンピックやパラリンピックに出場する選手の皆さんは、誰一人として責められるべきではありません。また、4年に一度の祭典の準備のために力を尽くしてきた何万、何十万もの「裏方さん」たちも、誰一人蔑まれるようなことがあってはならないと考えます。

     もちろん、解明されるべき施策上の問題や追及されるべき責任の所在が、なおざりにされて良いはずはありません。けれども同時に、オリンピック・パラリンピックの開催を決定したのであれば、選手の皆さんがベストを尽くせるような環境を可能な限り整えるのがホスト国の責務ではないでしょうか。私個人は、選手の皆さんや運営スタッフの皆さんの健康と安全のために万全の体制が組まれ、懸念される様々な問題の未然防止のための手が尽くされて、オリンピックとパラリンピックの全日程が無事終えることを祈りたいと思います。

     またもや前置きが長くなってしまいました。本題に移りましょう。今回のお題は「『生涯にわたる学習とのつながり』を見通すことの意味」です。

     先月(6月)15日、OECDがOECD Skills Outlook 2021: Learning for Lifeという報告書を公表しました。 読まなきゃなぁ…と思いつつ、いつもの先延ばし癖に負け、結局、読んだのは今日でした。職業柄、OECDの報告書は読まざるを得ないことが多いため、そこでの指摘事項から“晴天の霹靂”に匹敵するような衝撃を受けることはすっかり少なくなってしまったのですが、今回も「なるほど、そうだよねぇ」と納得する点はたくさんありました。

     今回は、日本語版のプレスリリース国別情報(Country Findings)「日本」で紹介される内容を中心に、「なるほど、そうだよねぇ」と感じた部分を皆さまと共有したいと思います。

     まず、日本語版のプレスリリースに注目しましょう。それは次のように書き起こされています。

     各国は、人々が生涯にわたって学習を継続し、グローバル化によって形成された急速に変化する労働環境と新型コロナウイルスのパンデミックの影響を乗り切れるようにするために、取り組みを強化しなければなりません。

     うーん、相変わらずOECDの日本語は洗練されていませんね。原文は「Countries must step up their efforts to enable people to continue learning throughout their lives to navigate a rapidly changing world of work shaped by globalisation and the consequences of the COVID-19 pandemic.」なので、「グローバル化や新型コロナウイルスのパンデミックの影響を受けて急速に変化する職業の世界において、人々が自ら進むべき方向を定めることができるよう、各国は、生涯を通じて学び続けることを可能にする取り組みを強化しなければなりません。」と訳した方がわかりやすいのに……。

     ま、いちいち、こんな「いちゃもん」をつけていると先に進めませんので、以下は、日本版のプレスリリースをそのまま引用します。

     パンデミックは、子供と若者の学習態度にも影響を及ぼしている可能性があります。通常の通学が途絶えたことで、多くの子供はスキルの習得が予定されていたより遅れています。短期的には、パンデミックで学校を中退する生徒が増える可能性があります。中長期的には、学校との関わりが少なくなったことで、個人がスキルを生涯にわたって向上させることが求められる深い構造変革の時代に、現在の生徒たちが学習への前向きな態度を育めない可能性があると、本報告書は警告しています。さらに、本報告書では、訓練の機会におけるジェンダーの不平等の原因と考えられるものを明らかにしています。「働きたいと思っていても働けない」女性の28%が、家族の世話を訓練参加の障壁として挙げており、その割合は男性の場合はわずか8%です。ジェンダーの格差は子供がいる家庭ではさらに広がります。

     重要な指摘ですね。学校の臨時休業が続いたことによって、子供たちの学びには遅れが発生している可能性があり、それは、その後の中退の危険性を高め、生涯にわたる学びも阻害する恐れが否定できないわけです。そして、そのような「しわ寄せ」は男性よりも女性が被りやすい。

     しかも、「国別情報・日本」における指摘は、見過ごすことのできない問題を浮き彫りにしているのです。

     子どもたちがスキルを身につけ、そして生涯に渡って学び通すための基盤と意欲を獲得するには、家庭、就学前教育施設、学校での取り組みが肝心である。(中略)そのような生涯学習に関係する姿勢の一つが自己効力感(self-efficacy)である。自己効力感とは、学問的な課題をこなすことに対する自信の度合いを表す。日本では、15 歳の生徒の自己効力感の水準は OECD 平均を下回った。

     ここでは、日本の「15 歳の生徒の自己効力感の水準は OECD 平均を下回った」とサラッと書いてありますが。日本の子供たちの自己効力感は調査対象国の中でも最下層に位置していますので(もっとあからさまに言えば、びりっ尻なので)、この問題はとても深刻です。そして、ここに次の状況が加わると、まさにダブルパンチの様相となってきます。

     日本においては、成人のうち57%が、成人学習に参加しておらず、かつ学習機会が利用可能であるにもかかわらず参加の意思がないと報告している(すなわち、成人学習から「離脱」している状態を指す)。この割合は、OECD 加盟国全体の平均離脱率 50%よりも高い。(中略)パンデミック前、労働者が非フォーマルな学習に費やしていた時間は、OECD諸国が週5時間であるのに対し、日本は平均週4時間であったと推計される。OECDの分析では、今回のパンデミックで経済活動が広範囲に停止したシナリオを仮定すると、成人労働者が非フォーマルな学習に費やした時間は、週に1時間少なくなった可能性がある(OECD 諸国の平均は1時間15分の減少)。

     「日本においては、成人のうち57%が、成人学習に参加しておらず、かつ学習機会が利用可能であるにもかかわらず参加の意思がないと報告している(すなわち、成人学習から「離脱」している状態を指す)」……あぁ、どうにかしないとマズいですね。日本型の企業内教育の存在とそれを前提として提供される成人向けの社会教育プログラムの特質を視野に収める必要はあるにせよ、“成人学習から「離脱」している状態”は改善の余地が極めて大きいと言わざるを得ません。

     一昔前までは「知識基盤社会」と言われ、現在では「第4次産業革命」とも「Society 5.0」とも言われていますが、日進月歩の知が社会基盤となるという特性は変わりません。そのような社会に参画し、そこで生きていくためには、学び続けることは必須です。そうしなければ、自らの知識やスキルの陳腐化に気づく間もなく時代から取り残されてしまう。しかも、上に引用したように、新型コロナウイルスの感染抑止のための学校の臨時休業によって、生涯にわたる学びが阻害される可能性が更に高まっているわけです。

     キャリア教育を通して高めることが期待されている「基礎的・汎用的能力」のうち、「自己理解・自己管理能力」には「今後の成長のために進んで学ぼうとする力」が含まれ、「キャリアプランニング能力」には「学ぶことの意義や役割の理解」が含まれていますが、まさに、これらの力を高めることが求められると言えるでしょう。

     ここで改めて確認をするまでもないことですが、小学校・中学校ではすでに全面的に実施され、高等学校でも来年度から学年進行で実施される新学習指導要領の「前文」は、次の一文で締めくくられています。

    [小学校]幼児期の教育の基礎の上に、中学校以降の教育や生涯にわたる学習とのつながりを見通しながら、児童の学習の在り方を展望していくために広く活用されるものとなることを期待して、ここに小学校学習指導要領を定める。

    [中学校]幼児期の教育及び小学校教育の基礎の上に、高等学校以降の教育や生涯にわたる学習とのつながりを見通しながら、生徒の学習の在り方を展望していくために広く活用されるものとなることを期待して、ここに中学校学習指導要領を定める。

    [高等学校]幼児期の教育及び義務教育の基礎の上に、高等学校卒業以降の教育や職業、生涯にわたる学習とのつながりを見通しながら、生徒の学習の在り方を展望していくために広く活用されるものとなることを期待して、ここに高等学校学習指導要領を定める。

     新学習指導要領は、「生涯にわたる学習とのつながりを見通しながら、児童・生徒の学習の在り方を展望していくために広く活用されるものとなることを期待して」定められているのです。この意義は、今回公表されたOECDによる報告書によって改めて確認されたと言えるのではないでしょうか。

     今、まさに夏休みに入り、学校独自の夏期講習中の中学校や高等学校も多いと存じます。さすがに「夏は受験の天王山」などという古風なスローガンを掲げる学校は少なくなってきたようですが、「夏を計画通りに過ごして合格切符を手にしよう」というようなほんの少しだけソフトなスローガンであれば、今でも珍しくないかもしれません。

     ……でも、待ってください。“合格切符”を手にする!?

     近年では、交通系ICカードなどの普及によって紙製の切符を購入して電車やバスなどを利用する機会も減りましたが、遠距離の鉄道移動などでは紙製切符も現役の場合が少なくありませんね。そのような紙製の切符を使う場合、自動改札機を通すにせよ、駅員さんに改札をしてもらうにせよ、出発駅では切符は手元に戻ってきます。で、目的の駅に到着後、その切符はどうなるでしょう。改札機の場合には自動的に回収されて戻ってきませんし、駅員さんからも使用済み切符が戻されることはありません。そして、私たち乗客にとっても、目的地到着後の切符はもはや使い道のない紙くずですので回収してもらって有り難いわけです。そうです。目的地までは必要だけれども、到着後はゴミになる。それが切符です。

     では、「夏を計画通りに過ごして合格切符を手にしよう」……このスローガンが生徒たちに伝えているものとは何でしょうか。

     それはもしかすると、「君たちが頑張って身につけようとしている知識は、合格するためには必要だが、その後は何の役にも立たないゴミくずのようなものだ。それでも合格するためには必須なのだから、夏休み中も計画通りにしっかりやり抜こう。」というメッセージかもしれません。

     もしそうだとするなら、「学習」や「勉強」と呼ばれる行為は、受験を首尾良くくぐり抜けるためだけに求められる苦役になってしまいます。受験がなければ全く必要のない苦行を生涯にわたって行うなんて、正気の沙汰ではありません。

     でも、これでは、新学習指導要領の理念に逆行してしまいますし、OECDの報告書が警告する状況の改善など望むべくもないと言えるでしょう。

     先生のお勤めの学校では「合格切符」を勝ち取らせてはいませんか?


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藤田晃之

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