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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第62話 全国学力・学習状況調査の結果公表に寄せて(2021年9月5日)

  •  5月に実施された全国学力・学習状況調査の結果が8月31日に公表されました。昨年度は、新型コロナウイルスによる全国的な臨時休校措置によって調査自体が中止となったため、今回は2年ぶりの調査でした。結果の概要については、翌9月1日の各全国紙朝刊でも大きく扱われ、各教科の平均正答率と一斉休校の期間の長短に相関性が見られなかったことが共通して報じられたことを記憶されている方も多いことと存じます。総じて言えば、休校期間中そして登校開始後における先生方の細やかな配慮に基づく教育支援がこのような結果につながったと言えるでしょう。

     つくづく日本の先生方はすごいなぁと思います。昨年の春の段階では、先進国と呼ばれる国々と比較して、日本の学校はICT環境の整備が圧倒的に遅れており、大多数の学校においてオンラインを活用した授業は想定もできない状況でした。それにもかかわらず、こういう結果が出てくる「秘密」については今後詳細な検証が必要であるにせよ、先生方のご尽力に負うところは間違いなく大きいと確信します。

     全国紙・地方紙を問わず、今回の全国学力・学習状況調査の結果については様々に報じられていますし、国立教育政策研究所の公式ウェブサイトでは、詳細な報告書の閲覧やダウンロードも可能となっています( https://www.nier.go.jp/kaihatsu/zenkokugakuryoku.html )。そのため、今回のよもやま話では、キャリア教育の視点から特に重要だと思われる結果を抄出してご紹介したいと思います。

     はじめに、思わず「君たち、頼もしいねぇ!」と声をかけたくなってしまうような結果をいくつか挙げていきましょう。

     まず、今回の調査で増加傾向が確認されたもののうち、「人が困っているときは、進んで助けている」と回答した児童生徒(小学6年生・中学3年生[以下同じ])の割合、そして「自分には、よいところがあると思う」と回答した生徒の割合が増加傾向にあることに注目したいと思います。特に、コロナ禍にあっても、中学生の自己有用感に向上傾向が確認できたことはとてもうれしい結果でした。

     さらに、今回初めて調査された項目のうち、「自分と違う意見について考えるのは楽しい」と回答している割合を見ると、肯定的回答率は小学6年生で70.2%、中学3年生で74.8%でした。小学生より中学生のほうが4ポイント以上高く、自らとは意見や立場の異なる他者を積極的に認め、そのような差異を尊重しようとする感性が成長と共に高まっていることが示唆されています。こういった感覚は、グローバル化、価値の多様化・多元化等が進展する社会に参画し、それを支えることとなる子供たちにとって極めて重要ですね。また、学級の中で「話し合う活動を通じて、自分の考えを深めたり、広げたりすることができている」と回答した割合、及び、「学級生活をよりよくするために学級会で話し合い、互いの意見のよさを生かして解決方法を決めている」と回答した割合が、小学生・中学生共にこれまでより増加していることを合わせて視野に収めれば、日本の子供たちは社会参画に必要となる重要な力を確実に身につけてきていると言えそうです。 

     いい線行ってるぞ。日本の子供たち!

     その一方で、「ま、しょうがないよね……」という結果も散見されます。

     「自分でやると決めたことは、やり遂げるようにしている」と回答した割合は小中学校間で差はなく、小学生84.4%・中学生84.1%でしたが、「家で自分で計画を立てて勉強をしている(学校の授業の予習や復習を含む)」と回答した割合はその値より大幅に低く、小学生74.1%・中学生63.4%でした。「わかっちゃいるけど、できない」という子供たちの正直な声だと思います。また、「家で自分で計画を立てて勉強をしている」割合が、小学生より中学生のほうが低いのも、褒められることではないにせよ、致し方ない現実でしょう。思春期のど真ん中を生きる子供たちが勉強に集中しにくくなるのはやむを得ませんし、理解度や習熟度の差が広がる中で、不得意なことから逃避したくなる中学生が小学生よりも多いのはむしろ自然なことではないでしょうか。昨年の夏以降、臨時休校措置を執らざるを得ない地域や学校は激減したものの、先の見えないコロナ禍の中で分散登校や短縮授業などが断続的に実施され、自律的なタスクマネジメントをせざるを得ない状況に置かれた子供たちのうち、小学生の7割以上、中学生の6割以上が「家で自分で計画を立てて勉強をしている」と回答したことは、予測以上の結果だったように思います。(いや、褒めているわけではないのですよ……。)

     また、平日に「1日当たり1時間以上テレビゲーム(コンピュータゲーム、携帯式のゲーム、携帯電話やスマートフォンを使ったゲームも含む)をする」と回答した児童生徒の割合が大きく増えたのも今回の調査の特徴でした。特に、前回調査との比較の上では、1日に3時間以上テレビゲームをする割合が大きく増加しており、小中学生ともに、全体の約3割を占めています。……無論、褒められることではないのですが、短縮授業や部活動の制限が頻繁になされ、放課後や休日でも屋外で自由に遊べない状況が続いたわけですから、これを大声で咎めるのは酷かもしれません。

     そしてもちろん、今回の調査結果の中には、特に注視し、指導や支援の在り方の改善を図るべき側面もいくつか見出されます。

     その典型は、「将来の夢や目標を持っていますか」に対する回答でしょう。肯定的な回答率の総体(「当てはまる」「どちらかといえば、当てはまる」の回答率の合計)では、小学生では減少傾向が確認されたものの、中学生では前回とほぼ同様の結果でした。しかし、「当てはまる」のみを抽出すると、小学6年生で60.2%(5.7ポイント減)、中学3年生で40.5%(4.4ポイント減)となりました。ここで同時に視野に収めるべきは、「学校質問紙」における項目「調査対象学年の児童に対して、前年度までに、将来就きたい仕事や夢について考えさせる指導をしましたか」に対して肯定的に回答した小学校の割合が、前回調査に比べて増えているという結果でしょう。小学校において「将来就きたい仕事や夢について考えさせる指導」の充実化が図られ、中学校においては従来通りほとんどの学校で指導がなされてきているにもかかわらず、「将来の夢や目標を持っている」と明示的に回答する子供たちの割合は、今回調査において低下しました。

     いわゆるリーマンショック後、徐々にではあるものの減少を続けてきた日本国内の完全失業者の数は、昨年(2020(令和2)年)増加に転じ191万人(前年比29万人増:11年ぶりの増加)となりました。また、就業者数は6,676 万人(前年比 48 万人減:8年ぶりの減少)となり、さらに、就業者のうち休業者数は、2020年平均で256万人(前年比80万人増)となっています。(いずれも、総務省統計局「労働力調査」)。これらのデータは、新型コロナウイルスの感染拡大抑止のための諸施策が、経済活動の停滞化と雇用の不安定化に直結していることを示す一端と言えるでしょう。無論、この他にも、収入の大幅な落ち込みに直面した家庭は数多くあります(久我尚子、2021)。

     このような現実が、子供の目にも極めて厳しいものとして映るのは当然のことです。そしてこれは、「将来の夢や目標を持っていますか」という設問に対して、「当てはまる」と回答した子供の割合が大きく減少した背景になっていると推察されます。

     本来、学校におけるキャリア教育が、このような子供たちの不安や閉塞感を軽減し、将来の可能性を積極的に捉える姿勢を培う役割を担うはずでした。しかし、職場見学や職場体験活動はもちろん、社会人講話などの機会を設定することが困難となった学校が増えたことにより、しなやかなレジリエンスと豊かな発想力や企画力を発揮しつつ困難な状況を乗り越えようとしている大人の姿に接する機会を提供できた学校は例外的にしか存在しませんでした。また、新型コロナウイルス感染症の企業への影響を緩和し企業を支援するための諸施策や、雇用促進関連諸施策の現状についても、伝える機会を逸していたと言えるでしょう。暗い現実が否応なく視野に飛び込んでくる中で、そこから脱する手立てや支援が放つ光は、多くの子供たちに届きませんでした。

     さらに、「新型コロナウイルスの感染拡大で多くの学校が臨時休校していた期間中、勉強について不安を感じましたか」という設問に対して、「当てはまる」「どちらかといえば、当てはまる」と回答した小学6年生は55.0%、中学3年生は62.5%であったこと、また、当該期間中「計画的に学習を続けることができましたか」という設問に対する肯定的回答率は、小学6年生64.7%、中学3年生は37.7%であったことにも注目する必要があります。休校期間中、多くの子供たちが勉強に不安を抱え、とりわけ中学生は不安でありながらも、思うように学習に取り組むことが困難であったことが浮き彫りになっています。上にも言及したことですが、中学生が自分を律して勉強に取り組むことはそう簡単なことではありません。勉強が進まないことが不安なのに、自分から取り組むことができない――中学生の悶々とした気持ちがここに示されていると言えるでしょう。

     こうしたときに、塾などからオンラインでの個別学習サポートを受けたり、家庭内でロールモデルや相談相手(例えば、自ら勉強に取り組む兄や姉、自力では解けない問題について質問できる保護者や兄や姉など)に接することができたりする生徒と、そうではない生徒の差は相当大きいことは想像に難くありません。

     事実、今回の児童生徒質問紙には、「あなたの家には、およそどれくらい本がありますか(雑誌、新聞、教科書は除く)」が設けられ、「0~10冊」「11~25冊」「26~100冊」「101~200冊」「201~500冊」「501冊以上」との選択肢が設定されており、当該結果と学力とのクロス分析も既になされています。その結果、家にある本の冊数が多い児童生徒ほど、教科の平均正答率が高い傾向がみられました。家庭での蔵書数、といえば、かのブルデュー(Pierre Bourdieu)が言う「客体化された形態の文化資本」の一つです。つまり、今回の調査結果においても、階層性と学力との相関が強く推察されることになったと言えるでしょう。

     またクロス分析においては、平日にテレビゲームをする時間が短い児童生徒の方が、教科の平均正答率が高い傾向がみられることも明らかとなりましたが、これも、ロールモデルの存在の有無や、スマホやゲーム機などとの付き合い方についての助言の有無など、家庭環境との相関を推測させる結果と言えそうです。

     このような状況の中で、学校は何ができるのでしょうか。何をすべきなのでしょうか。

     私からまずお願いしたいのは、地域社会等との連携によるキャリア教育の充実です。上述のとおり、コロナ禍の厳しい状況にあっても、柔靭なレジリエンスと先取的な着想に基づいて新たなモノやサービスを提供し、自ら苦境を脱すると共に社会に貢献しようとしている人が多くいらっしゃいます。また、雇用環境の現実に即した企業向け・個人向けの助成や支援が数多く提供されています。無論、こういった「光」の存在を過度に美化して伝えることは無責任な気休めでしかありません。けれども、そこに確実に「光」が存在すること自体を知る機会を与えられないまま、漆黒の将来しか展望できないとしたら、それは子供たちにとっての不幸であり、延いては、日本の社会にとっての不幸です。

     次に、(今年1月に中教審が取りまとめた答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」の受け売りのようで恐縮ですが、)昨年春の全国的な臨時休業措置を通して私たちが再認識するに至った学校の役割を、今一度想起し、それらの十全な発揮のための工夫を重ねることが必要だと思います。日本の学校はこれまで「学習機会と学力の保障」にとどまらず、「全人的な発達・成長の保障」と「身体的、精神的な健康の保障(安全・安心につながることができる居場所・セーフティネット)」という役割も同時に担ってきました。とりわけ、経済的な基盤が脆弱な家庭、年長の家族からの教育的支援が十分に得られない家庭の子供たちにとって、学校ならではの児童生徒同士の学び合いや多様な他者と協働した探究的な学びや、先生方はもちろんスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの皆さんとの信頼関係は不可欠です。特に、感染力が著しく強いデルタ株の脅威からの脱却の糸口が見えにくい今日、リモート授業や臨時休校などの措置を執らざるを得ない場合には、例外的な通学を認めて協働的な学びの機会も確保するなどの工夫がこれまで以上に大切になるでしょう。

     先生方の加重負担や長時間労働の実態を踏まえれば、これまで先生方が担ってきた包括的な「守備範囲」の見直しは当然に必要です。けれども、その議論を全面展開するのは、今、ではないと考えます。今は「GIGAスクール構想」による「児童生徒向けの1人1台端末と高速大容量の通信ネットワークの一体的整備」を味方に付けながら、これまでの「チーム学校」の工夫を拡充し「社会に開かれた教育課程の実現」を目指す中で、誰一人取り残さずに「全人的な発達・成長の保障」も「身体的、精神的な健康の保障」も担いつつ「学習機会と学力の保障」につなげる学校教育であってほしいと思いますし、その主柱となり得るのは先生方しかいらっしゃらないと思います。


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藤田晃之

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