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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第63話 みんなちがって、みんないいのに……(2021年10月10日)

  •  日本に生まれ育った人の中で、金子みすゞさんの詩に一度も接したことがない人を探すのは至難の業かもしれません。とりわけ「私と小鳥と鈴と」は代表作として知られ、その結びの「みんなちがって、みんないい。」という一節は、金子みすゞという詩人の存在自体からも離れ、私たちの日常に溶け込んでいると言っても過言ではありません。1世紀近く前に活躍された方なのに、彼女の詩は、今でも全く色褪せずに私たちの心を優しく包み、勇気づけてくれますね。「私と小鳥と鈴と」はもちろんですが、「土」「しば草」「日の光」などがそうであるように、「あなたはあなたのままがいいんだよ」というメッセージは、通奏低音のように金子さんの多くの作品を貫いていると言えるでしょう。

     金子みすゞさんが、子どもに向けた詩という形で私たちに示してくれたメッセージは、近年、やっと、私たちの社会を変える動きにまで結びついてきています。例えば、日本では1970年代ごろから発信力を強めてきた女性学が、それまで過小評価されてきた女性へのまなざしそのものを鋭く批判したことは広く知られていますが、それが男性学の活性化を促し、それらの研究成果をもとに、「男も女も社会的に枠付けられたジェンダーの規範から自由になって、お互いに人として暮らしやすい暮らしをしようよ」という社会的メッセージが徐々に共有されるようになったのは、この十数年のことですね。

     その典型例としてここでは、男性の育児休業に注目してみましょう。

     戦後の高度経済成長を実質的に支えた男性の滅私奉公型長時間労働と、男性不在の家庭における家事、育児、介護等の一切を引き受ける女性。このような性別役割分業に国民を誘い、それを継続させることに大きく寄与した税制や社会保障制度。その一方で社会問題として顕在化した男性の過労死や退職後の生きがいの喪失と女性の社会的活躍に対する大きな制約……。高度経済成長期においては、実質的に機能してきた終身雇用制度による雇用の安定と実感を伴って享受できた賃金上昇によって、これらの歪みは覆い隠されてきました。けれども、1990年代初頭のバブル経済の崩壊と共に、私たちは「このままでいいのか」と自問せざるを得ない状況を迎え、「男は仕事、女は家事」という固定的な枠を問い直してもいいんじゃないかと気づいたと言えるでしょう。

     そして、それを象徴するように1991年に成立したのが「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」です。平たく言えば、男性による育児休業取得率がゼロという状況の改善をめざして、父親も母親も育児休業が取得できる制度が創設されたわけです。今からすでに30年程前になりますね。でも、男性の育児休業取得率の全国調査が開始されたのは1996年度で、その結果、当該取得率0.12%という驚異的な実態が明らかになりました。そして、ほぼ四半世紀が経過した2020年に、男性の育児休業取得率はやっと12.65%まで増えたのです(厚生労働省、2021)。…といっても、この内、育休期間が5日未満の取得者の割合が 28.33%もあることに加え、女性の育児休業取得者の割合(81.6%)との歴然とした差も視野に収めれば「道のりは遠い」と言わざるを得ませんが、「男は仕事、女は家事」という従来型の固定的性別役割分業論は、ゆっくりながらも確実に変容してきていると見なすことができます。

     また、近年では、性自認や性的指向の多様性を認めようとする動きも顕在化しつつあり、学校教育においても、文部科学省が2016年に教職員向けパンフレット「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について」を公表して以来、様々な試みが各地で展開され始めてきています。日本では同性婚が認められるまでには至っていませんが、同性パートナーシップ証明制度を導入する自治体は、東京都渋谷区・世田谷区(2015年)、三重県伊賀市・兵庫県宝塚市・沖縄県那覇市(2016年)などを契機に全国的に増加していることも、多くの皆さんがご存じのとおりです。

     「私たち一人ひとりが、自分らしさを犠牲にしながら日々を送らざるを得ない現実があり、その原因が歴史的・社会的に作られたものであるとするなら、それらは、私たちの手で変えていける」――こういう共通理解が、やっと共有され始めたのですね。

     なーんて思っていた僕ですが、自分の頭が自覚している以上に「お花畑」であること思い知らされる調査結果が、最近公表されました。

     内閣府男女共同参画局が9月30日に公表した「令和3年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」の結果です。……いやぁ、「道のりは遠い」なんてものじゃないですね。とっても遠い。でも、希望の光は十分に見て取れる。一口で言えば、そういう結果です。

     この結果の概要も詳細版もインターネット上に公表されていますし、後にご紹介する優れた報道もなされているので、ここでは、ごく簡略に主要な結果を皆さんと共有するだけにとどめますが、ご関心のある方は是非、直接、内閣府のウェブサイト等で結果をご覧になることをお薦めします。
    令和3年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究調査結果
    同概要

     今回の調査は、全国の20‐60代の男女約1万人を対象に、2021年8月にインターネットを通じて実施されたもので、いわゆる固定的な性別役割について「そう思う」「どちらかといえばそう思う」「どちらかといえばそう思わない」「そう思わない」の4件法での回答を求めています。 

     まず注目したいのは、「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」という設問に対する肯定的な回答(「そう思う」「どちらかといえばそう思う」)の割合です。男性の肯定率は50.3%と半数を超えており、女性の肯定率も47.1%と半数近くに達しています。そして、「女性には女性らしい感性があるものだ」という設問に対する肯定率は更に高く、男性51.6%、女性47.7%でした。「女性らしい感性」については概念規定や定義が示されている訳ではないので、回答者の解釈に委ねられていますが、素直に推察すれば「細やかな気配りができる」「理詰めではない発想ができる」「自己主張を強くしない」「競争を好まない」などを含意するものだと思われます。

     きわめて単純に言えば、「男は仕事に従事して、リーダーシップを発揮し、女性はそれに追随する」という理解が、今日の日本でも広く共有されているのだと解釈できますね。

     確かに、生物としての男性と女性の身体には一般的な違いがありますし、その差を決定づける男性ホルモン・女性ホルモンには、それぞれ特有の働きがあります。でも、そこに個体差は当然にあるわけです。「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」や「女性には女性らしい感性があるものだ」といった、いわば乱暴な一般化がどれほど多くの人たちの「生きづらさ」を生んできたかについては十分な関心が醸成されていないことを、今回の調査結果は示しています。「家事・育児は女性がするべきだ」に対する肯定率も男性29.5%・女性22.9%あり、多数派ではないにせよ、例外的少数意見とは決して言えない状況にあることも注目されるべきでしょう。

     また、今回の調査では、男性は女性に比べて固定的な性別役割に対する肯定率が高い傾向が見られることも確認されました。例えば、肯定的回答率上位10項目中「デートや食事のお金は男性が負担すべきだ(男性の肯定率37.3%[女性の肯定率22.1%])」「男性は人前で泣くべきでない(31.0%[18.9%(10位圏外])」「男性は結婚して家庭を持って一人前だ(30.3%[20.7%(10位圏外)])、「共働きでも男性は家庭よりも仕事を優先するべきだ(29.8%[23.8%]」など、男性が自ら固定的な性別役割に埋没し、しんどい思いをしている傾向が示唆されています。この他、「女性の上司には抵抗がある(18.4%[10.8%]」「実の親、義理の親にかかわらず、親の介護は女性がするべきだ(16.2%[8.9%])」など、同じ男性ながら「おいおい、いつの時代に生きているんだよ?」と純粋に思ってしまう結果も見られました。2割近い男性が、女性の上司に抵抗感をもち、親の介護を奥さんまかせにしておくようでは、主要7カ国(G7)中最下位常連というジェンダーギャップ指数(World Economic Forum, 2021)の改善はそう簡単には見込めませんね。

     無論、今回の調査結果からは「明るい光」も確認できます。

     例えば、男性の肯定率が50.3%と半数を超えた「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」について、年代別の肯定率を見ると20代で41.7%・60代で63.5%と、年代によって20ポイント以上の差が示されています。また「家事・育児は女性がするべきだ」についても、男性の20代と60代の肯定率はそれぞれ23.9%・37.5%と年代による顕著な差が確認できます。

     総じて、固定的な性別役割に固執している層は年齢が高くなればなるほど多くみられる訳です。極論を言えば、年月の経過と共に確実に生起する世代交代を待つことによって、日本社会における性別による無意識の思い込みも変容することはほぼ間違いない訳ですね。……無論、そんな悠長なことを言っていたのでは、「今」「ここ」で、自分らしさを犠牲にしながら日々を送らざるを得ない人たちの生きづらさは全く改善されません。僕たち中高年オヤヂ世代の意識改革が最優先課題であることは明らかです。

     とはいえ、自分も含めてですが、老化によって柔軟性も可塑性も弱まった思考経路の組み替えは容易ではありません。僕のような「老いぼれ脳」にロジックで攻めても、それを受容したり、理解したりする力そのものが衰えている。(悲しいことですが、本当にそうなのです。)

     でも、「百聞は一見にしかず」です。実例を目の当たりにすると、相当な老いぼれ脳でも、見なかったことにはできません。長期の育児休業を取得した男性、管理職として日々の業務に当たっている女性、マジョリティではない性自認や性的指向をオープンにしている人たち……こういった方々の日常を、ご本人が自らの意思で、あるいは、ご本人の同意の下で第三者が、情報発信していけるといいなぁと思います。もちろん、個人としての生活や職業人としての業務のうち、何をどこまで発信するのか、どのようなメディアを使うのか等については、ご本人の自由な意思による決定が最優先されるべきことですし、情報を発信しないという意思も当然に最優先されるべきです。また、業務についての情報の扱いについては組織としての同意も不可欠であることは言うまでもないことでしょう。……クリアしなくてはならない条件は少なくありませんが、それでもなお、緻密なロジックを受容することが難しくなってしまった脳には実例が効くのです。

     そして、このような当事者の声は、老いぼれ脳に効くだけではありません。制度そのものを変えるのも、常に当事者の声です。

     話が飛躍するようで恐縮ですが、当初は視覚障害のある人たちの声によって導入されたシャンプーとコンディショナーを区別するボトル側面の突起は、シャワー中の誰にとっても便利です。言語の異なる人の声を生かしてデザインされたピクトグラムは、みんなにとってわかりやすい表示となります。車椅子が通行しやすいよう設計された建物や、手の不自由な人でも使いやすい水栓は、誰にとっても使いやすい。……これ以上の例は必要ないと思いますが、マイノリティとしての扱いを受けてきた人たちにとって公平で自由な制度は、誰にとっても公平で自由なものに近づきます。もちろん、どんな制度も現状維持という選択が刹那的には最も手間がかからない訳ですが、中長期的ビジョンの下では得策ではありません。

     「男が育休? そんな前例は我が社にはない。誰が尻拭いするんだ。ダメに決まっているだろう。」……この瞬間、数年後に入社を希望してくるはずだった優秀な男性新入社員の採用が水に流れました。「女性の管理職? 感情にムラがあって女性に管理職は務まらない。我が社の風土に合わない。」……またひとり、優秀な女性社員が退職を決意しました。

     更に言えば、このような組織(企業に限らず、行政機関や教育機関などを広く含む)は、2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」のうち、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントを促進する「目標5」や、経済成長と働きがいのある人間らしい雇用の両立を目指す「目標8」の達成に寄与しない組織として見なされ、相応の代償を払うことにもなるでしょう。それらの組織に就職を希望する者の減少は言うまでもなく、生産するモノやサービスへの需要の減少、投資対象からの除外などは容易に推測できる帰結です。

     一人ひとりの人間を「男」とか「女」とかの既存の枠でバサッと括って、十把一絡げにして扱うことが許された時代は過ぎました。一人ひとりに向き合って、一人ひとりの良さと可能性を見出し、急速に変容する社会の先を共に見通そうとする姿勢は、あらゆる組織にとって不可欠です。

     こんなことは、ここで改めて指摘するまでもなく、誰もが認める事実でしょう。まさに「みんなちがって、みんないい。」という社会を構築する必要があります。

     でも、これを実際に行おうとするときに、私たちの内面に潜む「性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)」が私たちの視野や思考を操作してしまうのです。文字通り「無意識の思い込み」ですから、その存在自体を認識すること自体、相当の努力を必要とします。私たち一人ひとりが、厄介なバイアスを抱えているという認識をもち、それが誰かにしんどい毎日を強いているかもしれないと自戒することが第一歩かもしれません。そして、そうした自戒は、内なるバイアスで自分自身を縛ってきたことに気づくことにもつながるような気がします。

     今回の「よもやま話」は抽象的な話で終始してしまいました。相変わらずの文才の欠如に、自分でもめまいがします。

     でも今回は、とっておきの「まとめにかえて」があるのです。

     10月5日に関西テレビで放送されたニュース番組「報道RUNNER」が、内閣府男女共同参画局による調査研究の結果について報じ、それがYoutubeで公開されています。当該調査が丁寧に扱われていること自体にも好感を持ちましたが、メインキャスターの新見彰平さんがとても真摯で的確な進行をしていることが印象的でした。才能ある若者と、才能のないオジさんを比べて卑下しても仕方ないので、当該Youtubeをご紹介して今回のまとめにかえさせていただきます。

    ・関西テレビ「報道RUNNER」2021年10月5日放送
     「男性は仕事して家計支えて」…男女ともに約5割が「そう思う」 内閣府が性別による「無意識の偏見」調査

    【追伸】男性の育児休業については、「 第47話 日本版パパ・クオータ制、創設か!?(2019年5月26日)」でも言及しています。更に駄文に付き合ってもいい、という希有な方はどうぞご高覧下さい。


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藤田晃之

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