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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第65話 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(2022年9月24日)

  •  皆様、大変ご無沙汰いたしております。昨年12月末に「第64話」を掲載してから9ヶ月あまりも更新が滞っておりました。ご心配をおかけ致しましたことをお詫び申し上げます。

     2022年に入りましてから、私の身の回りに、これまであまり経験してこなかったことがいくつか発生致しました。そのほとんどは文字通りの些末な事柄です。けれども、父親の他界は私にとりまして大きな出来事でした。

     2月下旬、父は自宅で倒れ、緊急手術を受けました。その後、一時は日常生活も送れるようになったのですが、この夏に永眠した次第です。余命宣告を受け、本人はもとより、私を含む家族も覚悟を持って日々を送ってきたはずなのですが、亡くなってしまうと寂しいものですね。

     父の配慮によるもののような気がしますが、父の葬儀の直後から海外出張が続きました。帰国中は父の永眠に伴う公的な手続きや法要の準備に追われ、再び海外に行き、帰国したらすぐに法要を執り行う。……父の死に正面から対峙する物理的な時間も心理的な余裕もなく、いわゆる「悲しみに暮れる」という状況には直面しませんでした。

     けれども、ふとした瞬間に生前の父の姿が思い浮かぶ時には、この世界での永遠の不在という事実に愕然とします。反抗期が長かった私は、父親と親密に語り合ったり、共通する趣味を楽しんだりすることを欠落させたまま成人してしまいました。家庭や仕事をもった後は、「盆、暮れ、正月」に顔を見に行く程度でしたし、それ自体を問題だとも感じてきませんでした。このようにできの悪い息子であった私は、父に対する振る舞いにおいて反省すべきことだらけなのですが、今、最も悔やまれるのは、一時回復した折に温泉旅行に連れて行かなかったことです。

     2月に余命宣告を受けながらも、その後、日常生活を送れるようになった父を見て、「予測に反して、このまま元気に暮らせるかもしれないな」などと暢気に考え、夏になったら温泉にでも行くか、とプランを具体化させていました。けれども、夏本番を迎える頃には旅行に行ける状況ではなくなってしまったのです。そういえば、父と一緒に風呂に入ったのは、幼稚園に通っていた頃が最後だったかもしれません。春風に吹かれながら露天風呂に一緒に浸かって、背中でも流してやって、風呂上がりにはビールを一緒に飲みたかったとつくづく思います。

     すみません。お読み下さっている皆様にとってはどうでもいい話でした。それに、こんな話を聞かされたのでは、心が沈みますね。お許し下さい。

     本来、皆様にご報告したかったのは、「いろいろありましたが、現在は、いつもの日常が戻ってきています」ということでした。これからは、かつてのように、1~2ヶ月に一度の更新を目標としながら「よもやま話」の更新をして参ります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

     今回は、記念すべき再出発の初回ですので、ネットで巡り会った元気の出る話を2つシェアさせて下さい。いつもの「ダラダラ冗長」の書き癖を抑えて、できるだけ短く参ります。

     まずご紹介するのは、インドにお住まいで外資系企業にお勤めになっているマリーヌさん(ペンネームだと拝察します)が9月9日付けで発信しているブログ記事「インドのスラム街の教育支援をするはずが、はじめの一歩で心が折れてしまった。」です。

     インド国内のあるスラム街に設置されている公立小学校を訪れたマリーヌさんは、校内の図書室、コンピューター室、理科室などがことごとく施錠されており、「室内は埃まみれ。長期間使われていないことが明白です。」という状況に置かれているという事実に遭遇します。その後、その背景を知ることになったマリーヌさんは、彼女が取り組んできた初等教育支援を通した識字率の向上や中退率の抑止が、インド特有の社会的構造や慣習を前にして十分な効力を発揮しないという現実に直面することになります。このようにして「はじめの一歩で心が折れてしまった」マリーヌさんなのですが、日本のエシカルビジネス第一人者である白木夏子さんからいただいた言葉から………

    という素敵なエピソードです。何かをやろうとするとき、「できない理由」「やめておいた方が良い理由」は何十も、何百もすぐ浮かびます。でも、それでもやるべきことがあると思えることに出会えた人は幸せですね。とても辛いけれども、とても幸せ。

     私自身、年齢を理由に「もういいかな」といろんなことから逃げたくなりますが、もう少し頑張ってみよう、と思えるようになりました。マリーヌさん、ありがとうございます!

     さて次は、前回の「よもやま話」第64話(続: 学びの先にあるもの)との関連で、「子供の『こんな勉強しても将来使わないじゃん』に対する神回答はこれ!」をご紹介します。ライターの高谷みえこさんが8月30日付けてお書きになったものです。

     ここでは、「模範回答系」「メリット提示系」「『勉強とは』見直し系」の3類型を用いながら「神回答」の例が示されています。個人的には、「勉強と学習・学問・教養の違い」にまで議論の地平を開こうとした(?)「『勉強とは』見直し系」における指摘が素敵だなと思いました。高谷さんが仰る「模範回答系」「メリット提示系」「『勉強とは』見直し系」に限定した話ではないのですが、「こんな勉強しても将来使わないじゃん」という子どもの声に、大単元に1回くらいはちゃんと向き合って、真摯なメッセージを届けたいですね。……「はい、そんなことを言っている暇があったら、手を動かしなさい」などと子供たちを煙に巻いて、受験終了後にはゴミとなってしまうような「合格切符」を勝ち取らせることだけに終始する授業は、そろそろ化石扱いされるべきかもしれません。

     インターネットというのは改めてものすごい仕組みだなぁと思います。紙のメディアが中心だった頃とは、情報との出会い方からして違いますね。インターネットがなかったら、マリーヌさんの文章にも高谷さんの文章にも、おそらく巡り会うことはなかったでしょう。無論、図書を典型とする紙メディアこその良さがあることは論を待ちませんが……。

     最後に、このようなインターネット上の情報に接するに当たって、私たちのリテラシーが常に鋭く問われているなぁと再認識するに至ったケースをご紹介します。昨日(9月23日)付けで、アメリカの大都市に移住して情報発信を続けている芸人さんが書いたとされる文章の一部が、ネットの複数のサイトで公開されました。そこでは、アメリカの物価高などの状況が綴られているのですが、その途中、次のような記述がありました。

      以前から、アメリカではどうして治安の悪いエリアが決まっているんだろうと不思議に思っていたんですが、わかりました。
     完全に教育水準の違いだったんです。
     エリアごとに教育のレベルが1から10まであって、このエリアは「2」、このエリアは「8」とはっきり決まっているんです。
     たとえば、「8」の地域の学校では算数、国語、理科、社会の授業がありますけど、「2」の地域の学校ではそのうち2教科しか教えませんよ、と。
     つまり、住むエリアによって学力が変わってしまうんです。そして当然、教育レベルの高いエリアは、家賃も高いわけです。私立だったらエリアは関係ないですけど、そのぶん学費が高くなります。
     けっきょく経済格差が教育格差となり、さらに地域格差にまでつながっているんです。しかも、その格差は広がる一方という。


     ……アメリカにおいて地域ごとの経済格差は現実としてあります。また、地域あるいは家庭の経済状況と教育達成度の間に相関関係が成立していることも事実です。でも、「エリアごとに教育のレベルが1から10まであって(中略)『8』の地域の学校では算数、国語、理科、社会の授業がありますけど、『2』の地域の学校ではそのうち2教科しか教えません」などということは、全くない。私は、アメリカの教育も重要な研究対象とする研究者の一人ですが、こんな事実はないと断言できます。

     私はこの芸人さんと同郷なので、ファンというほどではないにせよ、「アメリカ生活、頑張って!」と思っていました。でも、今回の指摘はダメです。全国区の芸人さんという影響力も十分考慮され、エビデンスに基づく情報発信をしていただく必要がありますし、私たちも、このような情報が混じっているという現実を常に念頭に置く必要がありますね。(それにしても、こういった情報が、この芸人さんの周りにいるブレイン役の方々の眼を易々とすり抜けて公開されてしまうこと自体、不思議なことです。)

     いずれにしても同郷のよしみですので、「ごじゃっぺ言ってだら、ダメだっぺよ」と申し上げて、今回のよもやま話の結びとさせていただきます。


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藤田晃之

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