今回は「号外」として、ユネスコが発行している機関誌The UNESCO Courierの最新号(January-March 2023)の紹介を致します。本号の特集タイトルは「数学は役に立つ(Maths counts)」です。「学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら、社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていく」というキャリア教育のねらいともまさに重なる特集です。
以下、編集長であるAgnès Bardon氏による巻頭言の一部を翻訳して引用します。
中学生・高校生のみならず一般の方々も、数学を、抽象的で威圧的でトラウマになる(心に傷を負わせる)ようなものとして捉えています。多くの人たちにとって数学は現実から切り離された純粋理論的な学問にしか見えませんし、数学が必ずしも肯定的な評価を得ているとは言えません。けれども、現実は全く異なります。数学は私たちの日常生活の中に遍在しているのです。
例えば、人工知能の中核であるアルゴリズムは、検索エンジンを成立させ、医療用画像診断を可能にしました。また、数理モデルは、交通網の最適化、台風(サイクロン)の進路予測、伝染性疾患の拡大抑制、予防接種キャンペーンの効果測定など、さまざまな分野で重要な役割を果たしています。(中略)
このように数学はあらゆるところに存在しているのですが、多くの人がそこから排除されていることも事実です。この学問をめぐる問題は未だに数多く残されています。まず挙げられるのは、男女格差でしょう。イランの女性数学研究者マリアム・ミルザハニ(Maryam Mirzhakani)氏がフィールズ賞を受賞したのは、2014年になってからのことです。(中略)世界の初等・中等教育段階における数学の成績上位者は依然として女子よりも男子が多いのが現状ですし、卒業後も、女性は男性に比べて自然科学分野のキャリアを選択できるという自信を必ずしも十分に有しているとは言えません。
さらに、数学分野においては専門職の需要と供給のバランスも崩れています。例えば、正規資格を持つ数学教師の採用ニーズはかつてないほどに高まっていますが、その数は世界中で不足しており、これは私たちの未来に対する脅威とも言える状況です。また、この学問の応用範囲は、本来のあるべき姿から見れば未だに限定的です。気象や生物多様性、医学研究に役立つはずの数学モデルの応用は、依然として金融や経済学の分野に限られているのが現実です。世界が社会的にも、気候変動の側面でも、テクノロジーの分野においても様々な課題に直面している今、数学の力をより深く探求し、より広く共有することが極めて重要なのです。
全国の中学校・高等学校の数学の先生が、今、授業で扱っていらっしゃる単元のまとめに際に、ほんの数分間「ユネスコの機関誌の最新号に書いてあったんだけど……」と、この特集号の一部をご紹介くださることを祈っています。
Web版=https://courier.unesco.org/en/latest
PDF版=https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000384081_eng
The UNESCO Courierは英語で書かれた機関誌ですが、特集号中のイラストや図表、写真だけでも、生徒の皆さんへの意味あるメッセージになると思います。(もちろん、数学と私たちの生活との密接な繋がりについて書かれた日本語の本も数多く公刊されていますので、それらをご活用いただく方策も是非ご検討ください。)
「数学なんて何のためにやっているんだろう」と砂を噛む思いで授業に臨んでいる中学生や高校生が、「合格切符」を勝ち取ることだけを目指して我が身に鞭を打つようにして数学と格闘する受験生が一人でも減ることを心から願っています。
【第66話】サステナブルなキャリア教育の実現の可能性と課題(2023年1月1日)
【第65話】今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(2022年9月24日)
【第64話】続: 学びの先にあるもの(2021年12月29日)
【第63話】みんなちがって、みんないいのに……(2021年10月10日)
【第62話】全国学力・学習状況調査の結果公表に寄せて(2021年9月5日))
【第61話】夏季休業後の学校再開と新型コロナウイルス感染症対策(2021年8月22日)
【第60話】「生涯にわたる学習とのつながり」を見通すことの意味(2021年7月23日)
【第59話】ないないづくし(2020年8月23日+2021年6月2日)
【第58話】OECD「Learning Compass 2030」が求める力(2020年7月12日)
【第57話】続:「今、ここ」でのキャリア教育(2020年6月14日)
【第56話】「今、ここ」でのキャリア教育(2020年5月16日)
【第55話】ロールモデル(2020年4月11日)
【第54話】キャリア教育の出番です(2020年2月1日)
【第53話】係活動・当番活動(2020年1月11日)
【第52話】新学習指導要領の前文を改めて読む(2019年12月26日)
【第51話】PISA2018の結果第一報によせて(2019年12月3日)
【第50話】「キャリア・パスポート」は “お荷物”か?(2019年10月13日)
【第49話】たまには遠くを見てみよう(2019年8月13日)
【第48話】世界は動いている(2019年6月29日)
【第47話】日本版パパ・クオータ制、創設か!?(2019年5月26日)
【第46話】変わりゆく日本型雇用(2019年4月28日)
【第45話】「キャリア・パスポート」例示資料等の発出によせて(2019年4月4日)
【第44話】やっぱり英語は必要だ!(2019年3月13日)
【第43話】キャリア教育とジョン・デューイの「オキュペーション」(2019年2月9日)
【第42話】マハトマ・ガンディー生誕150周年に寄せて(2018年12月23日)
【第41話】書けない・書かないキャリア・パスポートをどうするか(2018年11月17日)
【第40話】教科を通したキャリア教育は難しい?―その3―(2018年9月24日)
【第39話】「主体的・対話的で深い学び」とキャリア教育(2018年8月12日)
【第38話】大学入学共通テストの方向性が示すもの(2018年7月8日)
【第37話】「キャリア教育の要」って、結局、何をどうするの?(2018年6月2日)
【第36話】教科を通したキャリア教育は難しい?―その2―(2018年5月6日)
【第35話】「教員が対話的に関わること」の意味(2018年4月11日)
【第34話】AI時代に求められる力(2018年3月11日)
【第33話】未来は「怖い」か「楽しみ」か(2018年1月27日)
【第32話】テレビドラマが映し出すもの(2018年1月21日)
【第31話】年の瀬の大風呂敷(2017年12月28日)
【第30話】働くって、何だろう?(2017年11月25日)
【第29話】キャリア・プランニングはナンセンス?(2017年11月5日)
【第28話】世界的に問い直される「学びの本質的な意義」(2017年10月29日)
【第27話】世界的潮流としての「教科を通したキャリア教育」の実践(2017年10月1日)
【第26話】「キャリア・パスポート」がやってくる!?(2017年9月10日)
【第25話】他山の石(?)としての1970年代のアメリカにおける実践(2017年8月27日)
【第24話】将来(おそらく)使わないものを勉強する理由 (2017年8月6日)
【第23話】「青い鳥」が住むところ (2017年7月1日)
【第22話】遅ればせながら…「基礎的・汎用的能力」って何?(2017年6月17日)
【第21話】「基礎的・汎用的能力消滅論(!?)」を検証する(2017年6月4日)
【第20話】キャリア教育の「要」としての特別活動(2017年4月23日)
【第19話】アントレプレナーシップって何だ?(2017年4月9日)
【第18話】子供たちの変容・成長をどう評価するか(2017年3月26日)
【第17話】就学前~小学校低学年の子供へのアプローチ(2017年3月11日)
【第16話】小学校・中学校の次期学習指導要領案を読む(2017年2月26日)
【第15話】小学校におけるキャリア教育の豊かな可能性(2017年2月12日)
【第14話】キャリア教育の18年の歩みを振り返る(2017年1月29日)
【第13話】今、高校3年生に伝えたいこと(2017年1月15日)
【第12話】中教審答申がキャリア教育に期待するもの(2016年12月29日)
【第11話】職場体験活動再考(2016年12月18日)
【番外編】PISA2015の結果が公表されました(2016年12月6日)
【第10話】強者の論理(2016年11月30日)
【第9話】学びの先にあるもの(2016年11月14日)
【第8話】キャリア教育と進路指導(2016年10月29日)
【第7話】五郎丸さん(2016年10月14日)
【第6話】「お花畑系キャリア教育」は言われるほど多いか?(2016年10月1日)
【第5話】金太郎飴(2016年9月18日)
【第4話】カリキュラム・マネジメントと「SMART」な目標設定 (2016年9月4日)
【第3話】キャリア教育とPDCAサイクル (2016年8月17日)
【第2話】教科を通したキャリア教育は難しい? (2016年8月2日)
【第1話】職業興味検査は使い方が肝心 (2016年7月31日)